b.H.ヒストリア外伝 -θ- 『Hello World』 第2章 せいぎのありか 【前回のあらすじ】  お兄様、兄妹と出会う。  第12話 正義と正義  ドメシアの夜は静かだ。  昼こそ都市開発を中心とした多くの労働者や市民で賑わう町並みも、夜になってしまえばわずかにその残滓を感じられるのみとなる。家々から漏れる灯り、夜勤を務める者、遅くまで飲んだくれている人たち――それらがドメシアの町の夜の風景だ。  だが、今夜は少し様子が違う。  灯りを遮るように黒い影が伸び――やがて消える。それを追うようにしていくつもの新たな影が現れては消えていく。それはここ一年ほど、定期的にドメシアの夜を彩るようになった新たな景色。――追うものと追われるもの。それぞれが織りなす逃走劇の一幕であった。 「……いたぞ、あそこだ!」 「目を離すな、奴は素早いぞ!」  静寂を破る怒号を背に、ひとつの影が駆け抜けていく。  黒い衣装を身にまとい、軽やかな身のこなしで夜闇に溶け込もうとするその影を、逃すまいと追い立てるのは武装した男たち――警察騎士隊だ。彼等を率いるのは、警察騎士長ゼービック・カイラム。すでに齢は五十を超え、とっくに全盛期は過ぎ去りはしたが、それを補うだけの知識と経験で影を――男を追い詰めていく。  ゼービックはいつになく猛っている。  そしてそれは、警察騎士すべてに言えることであった。  彼等は今までにない大規模の布陣と戦意でもって、男を捕らえるべく町を駆ける。目論見通り男は罠の中へと飛び込んできた。あとは全力でもってこれを刈り取る。ただ、それだけで、すべては終わるのだ。  なのに―― 「南西方向だ! 絶対に捕まえろ、逃すな!」  部下に檄を飛ばすゼービックの声には、焦りの色が強く滲んでいる。  警察騎士隊にとって今夜はまさに命運を賭けた正念場だ。もはや執念とも言える決意と覚悟でもって今夜に望んでいるというのに――……いまだ男には、届かない。まるで嘲笑うかのように黒装束の男はいつも以上の俊敏さでこちらの警戒網を抜け、今宵も闇の中に身をくらませようとしている。 「く……!」  このままでは、何ひとつ変わらない。  結果を出せなければ、その先に待っているのは警察騎士隊そのものへの侮辱的な結末だ。 「――ッ」  一昨日、町の上役であるロンドベル・ハスハーに呼び出され、宣告された言葉が脳裏によぎる。  ――次が最後です。  ――もし、次も失敗するようなら、その時は彼女へ協力を仰ぐことになるでしょう。  それだけは許されない。  自分たちの不甲斐なさで、誇り高き警察騎士の名誉を地に落とすなどあってはならない。  ただでさえこの一年、自分たちは警察騎士としてあるまじき失態を繰り返してきた。黒装束の男にいいようにあしらわれ、その様は面白おかしく町の人々に伝聞していく。そうして、彼等の誇りは酒の肴にされるくらいに貶められた。  だというのに、その汚名もそそげず――さらに恥を上塗りするだなんて、許されていいはずがない! 「こ、の――!」  ゼービックは男へ向けてナイフを投擲する。  男はそれをかろうじで避けて――そこに生まれたスキを、先行していた部下のひとりは見逃さなかった。男への接近に成功するとサーベルを抜き放ち、一閃する。  直後に倒れたのは部下の方だ。  男と肉弾戦の末に昏倒させられたようだが――彼のサーベルには赤い血が滴っている。再び逃走を開始した男の動きは目に見えて鈍っており、手痛い一撃を与えることには成功したようだった。  ゼービックは部下へ心の中で礼を言うと、鋭い声で命令を発する。  それはドメシアの町の警察騎士隊としての挟持をかけた、乾坤一擲の大号令だった。 「追え! 逃すくらいなら殺しても構わん!」 「絶対に奴を――ドラゴンを、ひっ捕らえろ!!」      § 「ゼロさんはドラゴンって知ってますか?」 「ドラゴン? 竜のことか?」  リヒトの問いかけにゼロは首を傾げた。  大衆酒場ブラウン亭――その営業終了後の、かなり遅めの夕食の時間。ゼロが賄い料理を作り終わるのを食堂で待っていたリヒトは、ふと、小耳に挟んだ気になる話を思い出したのだ。 「ドラゴンが町に出たそうですよ」 「いや……いきなり何を言っているんだ、君は」  呆れ声のゼロ。リヒトもそれにはまったく同感だった。  ドラゴン。あるいは竜。その名で連想されるのは、人語を操りマナの扱いに長けた翼の生えたでっかいトカゲだろう。長い間、空想上の生物とされた彼等は、今ではその存在を正式に確認されたれっきとした生命体のひとつである。  とはいえ、ドラゴンが棲息しているのは大陸の西の果てだ。こんな所に出現するとは思えないし、仮に出たとしたならばそれこそ王国騎士団が本気で動き出すレベルの大騒ぎ間違いなしである。  だからこそ、この要領を得ない話がリヒトには気になったのだ。 「この間、お客さんがドラゴンがまた出たとか、そんな話をしてたんです」 「――ふむ。そういえば私も前に耳にしたような気がする」 「ホントですか?」 「詳しくはわからないけどね。……さて、出来上がったぞ」  言いながら、賄い料理を手にゼロがやってくる。  ゼロが作ってくれたのは熱々のオムライスだ。リヒトは姿勢を正すと、礼儀正しく一礼してから食べはじめる。――美味しい。いつものことながらゼロの料理には感嘆するしかない。加えて仕事は丁寧で真面目だし、周囲への心遣いも忘れない人格者だ。最初は派手な服装とツンツンした髪型もあって、ずい分とガラの悪い店員だと思ったものだが――今ではゼロのことを、友人としても先輩としても強く尊敬していた。 (……少し、独特なところもあるけれど)  ゼロもまた、自分の食事を持ってリヒトの向かいへと腰を下ろす。彼の手にあるのは……カップ麺(しょうゆ味)だ。リヒトはゼロが厨房の隅っこに賄い用のカップ麺を備蓄していることを知っている。きっと何味にするか迷いに迷い、今夜はしょうゆ味に決めたことだろう。 「……ゼロさんはどうしていつもカップ麺なんですか?」 「好きだからだが」 「……そうですか」 「やらないぞ」 「いりませんよ。僕はゼロさんの料理でいっぱいですから」 「そうか。うまいか」  どこか自慢げなゼロ。ゼロの料理は本当においしいのだが――なんとなく、それを面と向かって認めるのも恥ずかしい。頬をわずかに赤らめながら、少しだけ不貞腐れたようにリヒトは言った。 「…………美味しいですよ。妹の手料理ほどじゃないですけど」 「ぶっ」  むせるゼロ。 「うわ、汚い!?」 「げほ、ごほ……すまん」  ゼロは水を飲むと一息つく。何度か深呼吸をして――落ち着くとリヒトへとたずねた。 「――妹さんがいるのか、君は」 「……ええ。今は離れて暮らしていますけど――」  リヒトは目を伏せ、思いを馳せる。  もしもキサラがさらわれていなければ、今も自分たちは仲良く暮らせていたのだろうか。……いや、キサラが聖女に選ばれた以上は、どのみち一緒に暮らすことは無理だっただろう。だが、こんな理不尽な別れをするはめにはならなかったはずだ。  ――想像する。  いつも通り笑顔で自分を出迎えてくれるキサラ。喜びの涙を滲ませながら聖女の後継者となったことを告げる妹の背中を、リヒトはそっと後押しする。つらいけど、幸福な別れのカタチ。それはきっと、希望と栄光に満ち溢れた素晴らしい旅立ちとなったことだろう。  なのに、……今、リヒトは魔族たちにさらわれたキサラを取り戻す旅を続けている。 (どうして、こんな事になっちゃったんだろう)  キサラへの愛情と魔族たちへの憎しみに胸を焦がし、リヒトは強く唇を結ぶ。  同時に思い出すのは、数日前に出会った兄妹のことだ。 (あの子たちは……こうならないといいな)  スラム街で暮らしているリクとソラという仲睦まじい兄妹。苦境の中でも頑張っている彼等の幸せをリヒトは願う。引き裂かれる兄妹なんて、自分たちだけで十分なのだから。  ――と。 「……ん」  唐突に、ゼロが未開封のカップ麺を差し出してくる。 「なんです、これ」 「交易都市でしか購入できないブリリアントとんこつ味。通称ブリトンだ。君に上げよう」 「どうしたんですか、急に」 「……いや、なんというか……。……受け取ってくれると、嬉しい」 「はぁ」  まぁ、あって困るものでもない。リヒトは小首を傾げながらカップ麺を受け取った。 「……すまんな」 「???」  ゼロが何を謝っているのか、リヒトにはさっぱり意味がわからなかった。      §  ゼロとリヒトが店を後にしたのは、時計の針が深夜をまわってからのことだ。  ふたりはドメシアの町を並んで帰っていく。それぞれの宿の場所は離れているのだが途中までは道が同じなので、仕事帰りに軽く話を交わすことは習慣となっていた。  ――とはいえ、それは決してただの仲良しこよしではない。  ゼロがリヒトに好意的に接する理由は、聖堂騎士団の動きを探るという目的があるからだ。  例えば、彼が所属するクラウディア騎士隊についても、さりげない会話からいくつかの情報を得ている。大聖堂を襲撃し聖女の後継者であったキサラ・レイシアをさらった魔の者への追撃を担う特務部隊。彼等の構成メンバーは、わかっているだけで五人だ。  最強戦力たる聖騎士ポポ・クラウディア。  神父――リヒトから聞き出した情報によると、名前は加藤マルクというらしい。その神父に仕える、リリアナとレミーという双子の風の精霊。  そして、キサラの実兄であるリヒト・レイシア。  他にメンバーがいるのかはわからないが、騎士隊としては異例の少人数であることに間違いはない。風の聖堂騎士団はゼロの襲撃によりまともに動かせる戦力は少なく、だからこそ一騎当千の聖騎士を送り出したのだ。  これは逃げる者としてはありがたい。  聖騎士は強いといってもあくまでもひとりだ。人海戦術に頼れない以上、逃げる側が有利となる。とはいえ機動力と資本力はあちらの方がずっと上なのだから、そうそう油断はできないのだが。  事実、彼等は今もこの町に留まっている。それが故意か偶然かはわからないが、警戒しすぎて損はないだろう。だからこそ、リヒトから騎士隊の情報を探れる今の状況はありがたかった。  ……とはいえ。  共に過ごす時間が増えていくほど、見えなくていいことまで見えてしまう。  リヒト・レイシアは好青年だ。  真面目で思いやりがあり、――正義感が強い。こういう相手を敵にするのは嫌だった。良い奴だとわかっているだけに戦いにくいのだ。そのくせ相手は容赦なく剣を振るってくるだろう。正義を愚直なまでに信じ込んでいる彼からすれば、魔の者は存在自体が許されない絶対悪だからだ。  まして友誼を結んだ相手が魔族――しかも妹をさらった相手と知ったときの、彼の怒りと絶望はどれほどのものなのか。レイシア兄妹を知ってしまったゼロからすれば、リヒトはこの上なく戦いにくい相手であった。 「……」  もちろん、いざ戦闘となればゼロは迷わずリヒトを殺すことができるだろう。今さら情にとらわれるような青臭さは持ち合わせてはいないからだ。……だが、その後味の悪さを想像するだけで、気が滅入る。 (……できれば、もう戦場では会いたくないな)  それがリヒト・レイシアに対する現時点でのゼロの評価であり、そんな事を思ってしまう自分に呆れ返るばかりだった。 「……」 「どうかしたんですか、ゼロさん」 「あ、ああ、月が暗いなと思って」 「そういえば……」  言われてリヒトも夜空を見上げる。  月は薄暗く雲に陰り、その光は弱々しかった。 「明日は天気が悪いのかもしれないですね」 「そうだな」  適当に相槌を打ちながら、ゼロは思う。 (……いつまでも茶番を続けることはできない)  このまま慣れ合いを深めることは、きっと誰の得にもならないだろう。いい加減、あるべき位置に立ち返らなければならなかった。 「……そういえば、リヒト君はどうして旅をしているんだ?」 「僕ですか?」 「ああ。妹さんと離れているそうだが――その理由はなんなのかと気になってな」  我ながら白々しい問いかけを、自然を装い、興味本位で聞いているように偽装する。 「――ええと」  そんなゼロに、リヒトはしばし視線を彷徨わせ――さすがに本当のことを言えるわけはないだろう――言葉を探しながら、それでも誠意を込めて答えてくれた。 「……とても大事な旅の途中なんです。その旅が終わるまでは、妹に会うことはできない――そんな、旅なんです」 「そうか……」 「すいません、詳しく言えなくて」 「構わないさ。生きていれば秘めなくてはいけないことのひとつやふたつは有って当然だ。……しかし、そんな大事な旅なのに、こんな所で働いていていいのか?」 「実は……馬車が壊れてしまって。修理中なんです」 「――ほう」 「旅の仲間が修理を急いでいますけど、どうにもややっこしいみたいで――……あと一週間はかかるとか」 「そうなのか」  馬車の故障。  一週間。  得られた情報は少ないながらも大きなものだ。これで今後の行動方針を決めることが容易となる。まず考えるべきは町を出る算段だろう。騎士隊が足を止めているこの期間を有効に使い、二度と彼等に追いつかれないように―― 「――」  ――と、リヒトと視線が交錯する。リヒトはちょっとだけ嬉しそうに、はにかんだ。 「だから、まだまだゼロさんとのバイトは続きそうですね」 「……」  一瞬、ゼロは呆けた。……一呼吸遅れて、胸の奥がじわりと痛む。  リヒトは人々と直に触れ合い、その熱を感じられる今の仕事が本当に気に入っているのだろう。その理由に自分が一役買っているのだとしたら、これほど滑稽で残酷なこともあるまい。  ――彼の屈託のない表情は、いったいどれだけの偶然の果てに、自分へと向けられてしまったのか。  ゼロは……その顔を直視し続けることができず、逃げるように目を逸らした。 (私は、魔族なんだよ、リヒト君)  誰からも忌み嫌われる世界の敵。その正体を知ったなら、リヒトは絶対にゼロを許さないだろう。リヒトだけではない。ブラウン店主も、女将リレアも、酒場の常連客も――みんな、自分を嫌悪する。  それが当たり前なのだ。  だから、この世界で魔族や魔術師が生きていくためには、正体を隠し続けるか、同じ共同体で身を寄せ合うか……それしか、ない。 「…………ゼロさん?」  無言のゼロを訝しんだのか、リヒトは心配そうに声をかけてくる。  ゼロはそれをどう誤魔化したものかと思案しはじめて――……そして、 「――誰だ!」  ふいに感じた嫌な気配に、鋭い声を発していた。  ゼロが感じた気配は、路地裏の先からであった。  それがただの人の気配なら酔っぱらいか何かだろうと無視をしてもよかったのだが、感じる気配はどうにも穏やかなものではない。たとえるならば、――そう、燃え尽きる前のろうそくのような、嫌な気配だった。 「……」 「あ、ゼロさん!?」  ゼロは足早に路地裏へと向かう。慌ててリヒトも後を追った。  そうして――夜なお暗い町の死角に、それは、いた。  黒い男がひとり、倒れている。服だけでなく顔を隠すように覆っているマスクまでもが黒く、まるで闇に溶けこもうとしているかのようだ。だが、わずかに見て取れる顔色は青ざめており、息も荒い。何よりも――男の脇腹から流れ出ているものが、これ以上ないほど現状を物語っている。  血だ。  男の命は今、大量の血とともに失われつつあった。  と――  破れた覆面からのぞく青白い顔を見て、リヒトは声を上げる。 「リクさん!?」 「……知り合いなのか?」 「え、ええ。だけど、なんでこんな――!?」  取り乱すリヒト。  そんな彼をちらりと一瞥すると――ゼロは小さく息を吐き、男の傷口へと手を添える。  淡い光が、路地裏を照らしだす。 「癒しの光? ゼロさん、精霊術が使えたんですか?」 「ああ、まぁ、な」  もちろん本当は癒しの魔術なのだが、その違いを見分けることは魔族と精霊でもなければ不可能だ。とはいえ万が一ということもありえる。できればリヒトの前での魔術行使は避けたかったのだが…… (このまま放っておくこともできないだろう) 「う――」  光が傷口を癒していき、やがて男はうっすらと目を開ける。しばし視線を彷徨わせ、力の戻った瞳にゼロの姿が映し出された。 「気がついたか」 「あんたは……、……――ッ!!」  男は慌ててゼロの手を振り払うと、跳ね起きて間合いを取る。しかし傷が痛むのか、すぐに膝をついた。苦しそうに呻き声をこぼす男に、ゼロは努めて穏やかな声で語りかける。 「無茶をするな。手当て中だ」 「……あんた、らは……!?」  そうしてはじめて、リクと呼ばれた男はリヒトを捉えた。驚きに目を丸くし、ついで、バツが悪そうに視線を逸らす。そんな青年へ、リヒトはおずおずと声をかけた。 「リクさん……ですよね?」 「……」 「いったい何があったんです? そんな大怪我を――」 「……」  リクは応えない。だがそれはリヒトを無視しているのではなく、どう反応すればいいのかわからない――その迷いの表れのように、ゼロには思えた。  どちらにしろ、このまま放ってはおけない。傷はまだ癒えてはいないのだから。  ゼロは再びリクのそばに屈みこむと手当てを再開する。リクは警戒こそ解かなかったものの、今度は逃げることはしなかった。 「……どうして俺を助ける」 「目の前に倒れてる人がいる。私には助ける手段がある。ただそれだけだ」 「……そうか」  青年は己の傷口を見つめる。淡い光りに包まれ、傷口は徐々に塞がっていく。 「……俺は」  しばしの逡巡のあと、青年は名乗った。 「俺の名は――リクだ」 「私の名はゼロ。よろしくな、リク君」  言葉を交わしながらもゼロは疑問を募らせていく。  リクと名乗った青年の傷は深い。内蔵まで届いているそれは――おそらくは剣によるものだ。それもオーラント・ヴェルガが愛用しているような短剣ではない。騎士団の関係者でもなければ入手できないような騎士剣の類だ。  つまりゼロの想像が正しいのなら、リクは真っ当な生き方をしていない可能性があった。 (……私が言えたものではないか)  そもそもゼロ自身が他人の素性を責められるようなものではない。ゼロは雑念を振り払うと治癒魔術により意識を向ける。傷口は、淡い光に覆われ塞がっていく。  その様子を見守っていたリヒトは、気遣わしげにリクへと声をかけた。 「リクさん」 「……リヒトさん」  今度は視線を逸らすことなく、リクは応じた。 「俺は――あんたに、会いたくなかったよ」 「それは……どういう……」  ――と、ふいにリヒトが目を細める。 「……なんだろう、あれは」  ゼロもリヒトの視線の先を追う。――路地裏の暗闇の中、治癒の光を受けて輝く何かが落ちている。それを拾い上げたリヒトは、陰った月明かりに照らしてみて――ぎょっと声を上擦らせた。 「これ……っ、宝石!?」 「ち――!」  途端だった。  リクはリヒトへと飛びかかると宝石を奪いとる。そのまま距離を取るとゼロたちと対峙するように向かい合い――苦しそうに息をつく。治療はまだ終わってはいない。傷口からは血が流れていた。 「あ、あなたは……」  突然の事態に困惑するリヒト。  リクもまた、辛そうな顔でリヒトを見つめている。  そんな黒ずくめの青年を見据えて、ゼロは静かに、だけど、強い声でその名を呼んだ。 「――ドラゴン」 「――!」  リクは息を呑む。 (ああ――やはり、な)  ゼロはその名を思い出す。世界最強の生命体の名を称し、ドメシアの町に出没するという夜を駆ける者。ブラウン亭で度々お客さんたちが酒の肴にし、今夜、リヒトもその名を口にしていた。 「怪盗ドラゴン。……町を騒がせている泥棒が、君の正体だな?」 「なっ!?」  大きく目を見開きリヒトは声を上げる。そのまま、すがりつくようにリクを見た。 「……」  だがその眼差しを振り払うように、リクは黒い覆面を脱いでいく。漆黒の髪をしたリヒトと同年代と思わしき青年は、どこか自虐的な、あるいは挑発的な笑みを浮かべていた。 「そうだ――……俺が、怪盗ドラゴンだ」 「……っ!」  リヒトは絶句する。  だが、すぐさまその表情は引き締められ、リクを……否、怪盗ドラゴンを強く見据える。  碧い視線はとても厳しく、まるで魔術師と向かい合ったかのようであった。      §  一年ほど前、ひとつの事件が起こった。  ドメシアの町の領主であるディッグロウ家、その家宝である『竜』が何者かに奪い去られたのだ。それはディッグロウ家にとっては前代未聞の大恥であり、外部に漏れないよう徹底して事件の隠蔽に勤しんだという。  それがあっさり漏れてしまったのは、使用人が酒の席でうっかり誰かに話してしまったからだ――と言われているが、定かではない。  とにもかくにも、その後も盗難事件は続いていった。  同時におぼろげながらも犯人の姿も見えてくる。  ――黒装束の男。  彼が狙うのは決まって富裕層だ。ドメシアの町は都市開発が進み潤う一方、開発から取り残された貧民街も存在し、格差が広がりつつあることが問題視されてきた。それに対し具体的な対策も取らず、ただ自分たちの富を追求するばかりの富裕層に一泡吹かせる彼の存在は、次第に大衆人気を得るに至った。  鮮やかに。軽やかに。  何処にでも現れては夜へと溶けていく大泥棒。  ディッグロウ家の『竜』を奪いとった彼を、いつしか人々はこう呼んだ。  すなわち、怪盗ドラゴン、と――      §  怪盗。  その響きがリヒトは好きではない。やってることは泥棒と同じであり、盗賊でしかない彼等をそうやって祭り上げる風潮を好きになれという方が無理なのだ。リヒトにとって怪盗も盗賊も泥棒も社会を騒がせる悪でしかない。  そんな怪盗の名を冠された男が――よりにもよって、リクだなんて。 「……!」  リヒトは強く、歯を食いしばる。  苛立ちをなんとか押しとどめ、単刀直入に怪盗ドラゴン――いや、リクへと問いかけた。 「あなたがそんな事をしている理由は、ソラさんなんですか?」 「……そうだ」  観念したようにリクは頷く。予想通りの答えに、リヒトの苛立ちはいっそう募っていく。 「どうして泥棒なんかを……!」 「だからソラと生きてくために――」 「そうじゃない! 僕が言いたいのはそんな事じゃない!」  ひどく大きな声が出て、リヒトは自分でも驚いた。  気持ちを落ち着けるように一呼吸つく。熱い息が夜の空気に溶けていくようだった。 「……なんの罪もない人を苦しめて――それが正しいことだと、あなたは本気で思っているんですか」 「思ってないさ。俺のやってることは犯罪だ。あいつも……俺のしてきたことを知ったら許さないだろうさ」 「だったら、どうして!」 「それでも守りたいものがあるからだ。……あんたも見ただろう。スラムで生きていくにはソラは幼すぎる。かと言って俺みたいな男にまともな働き口なんてない。そもそも仕事からあぶれた連中の吹き溜まりがスラムだからな。他の連中だって、生きてくために多少の無理はしてるんだぜ」 「……他に頼れるものはなかったんですか? 教会とか――」 「この町に教会なんてない。金もないのに教会探して幼い妹と旅でもしろってのか?」 「それは……ッ。……だからって、どうして犯罪に走るんです!? あの子のためにも胸を張れる手段を取るべきなんじゃないんですか!?」  ソラへ乱暴を働いた男と、怪盗ドラゴン。誰かを踏みつける彼等のやり方になんの違いがあるというのか。リクは結局、妹を理由に無法を働いているだけではないか! 「――それが綺麗事だと言ってるんだ!!」 「……!」 「胸を張れてなんになる! 俺たちの生活を見ただろう。もうそんな段階じゃあ、ないんだよ……!」 「でも!」  ……それ以上言葉が続かず、リヒトは俯いた。  ――おかしい。  彼のやり方に正義はないというのに、それを糾(ただ)す言葉がうまく見つからない。いっそのこと悪党の戯言と切って捨てられたら、どれだけ楽だっただろう。だが、それをするには相手のことを――リクとソラのことを知りすぎていた。  リクが妹を思う気持ちは本物で――それは、尊いもののはずなのに。 (なのに、どうして……!)  リヒトは胸に手を当て、服の中――首から下げられたロザリオを握る。もちろん、十字架はなにも答えてはくれない。強く、唇を噛んだ。 「リヒトさん。あんた、もしかして教会の関係者か?」 「そう、ですけど」 「まさか神父だったりはしないよな?」 「……僕は聖堂騎士団の従士です」 「そうか」  ふいに問いかけられ、うっかりリヒトは所属を口にしてしまう。それを聞いたリクは悔しさと安堵がないまぜになったような不思議な表情を見せた。 「そうだな。……あんたは確かに、騎士っぽい」 「いえ、従士は騎士じゃないですけど……」 「気にするのそこかよ」  くくく、とリクは笑う。 「なぁリヒトさん。俺のやってることは悪だ。義賊だなんだと持て囃されようと、どんな理由を掲げようと、――……しょせんはただの悪党だろうさ」 「だったら――」 「だがあんたは、根本的に勘違いをしてる」  リクは強い眼差しでリヒトを見る。  思わずリヒトは、出かかった言葉を飲み込んだ。 「正しいとか間違ってるとか、そんな事は関係ないんだ。――俺は、あいつを助ける。絶対に。それだけなんだ」 「――どうして、そこまで……」 「兄妹だからだ」 「――!」  それは、わかりきった答えだった。  兄が妹を助ける。そこに理由なんてない。そのことを誰よりもわかっているのはリヒト自身だった。 「……真面目に働くだけじゃ妹を助けることなんて絶対に無理だ。じゃあ、だからって諦めるのか。見捨てるのか。……違うだろ、俺が本当に守らなければならないものは、世間の正義なんかじゃあ、ない」  リクの声が冷たくなる。  いや、あるいは。リヒト自身が、彼の声を拒絶しているのかもしれない。同じ気持ちを共有しているはずのふたり。なのに、リヒトはリクの言葉が恐ろしくて仕方がなかった。 「では……あなたにとって、正義って、なんなんですか」 「俺は――……」 「……俺は何をしても、どんな手段を使ってでも、大切な人を守る。ソラに嫌われようと憎まれようと構わない。俺はただ、あいつを守る。――それが俺の正義だ」 「……」  リヒトは息を呑む。……乾いた喉が、ヒリヒリと痛んだ。 「それは……そんな生き方に、正義なんて、ない」  リクの気持ちはわかる。本当に、よくわかる。わかってしまう。だけど――だからと言って、犯罪行為に手を染めていい理由はない。 (誰かを踏みにじるなんて、そんな正義、は……)  一瞬、胸の奥で何かが痛む。  炎の中で助けを求める誰かの姿がちらついて――それがなんなのか理解するより前に、リヒトは記憶の底へと押し込んだ。これは今思い出すべきことではない。悪が征伐されただけの話であり、今回のこととは関係がない――ない、のだ。 「――っ」  懊悩するリヒト。  その姿に何を思ったのか――ふいにリクは口を開く。 「なぁ、リヒトさん」 「……なんですか」 「俺は明後日、ディッグロウ家のもうひとつの『竜』を盗む」 「はぁ!?」  いきなりとんでもないことを言い出したリクに、リヒトは素っ頓狂な声を上げる。  普通に考えれば犯行予告だろう。だが、それを今この場でリヒトへ伝える意味がわからない。何かの罠ではないかと、リヒトは警戒心を強めリクを睨んだ。 「そう身構えないでくれよ。嘘じゃない。本気だぜ」 「なおさらですよ! どうして僕に、そんな――!」 「多分、あんたがリヒトさんだからだろうな」 「――は?」  リクは答えない。  どこか寂しそうな眼差しでリヒトを見つめ、次いでゼロを見る。 「世話になったな」 「傷はいいのか?」 「おかげさまでな。あとは自分で何とかするさ」  言うと、リクは踵を返す。 「ま、待て!?」  思わずリヒトは声を上げるも、リクは振り返ることすらしない。  リヒトもそれ以上はかける言葉が見つからなかった。グチャグチャした感情は少しも整理がつかず、鉛のように足かせとなる。  ――そうして、あとに残るのは静寂。  噂通り怪盗ドラゴンは、夜に溶けこむように去っていった。      §  ふたりのやり取りを、ずっとゼロは無言で見守っていた。  何故なら、ゼロは正義を語れるような立場ではないからだ。魔族。世界の敵。事実として、風の聖女の暗殺を企てたゼロが、いったいどの面下げて正義を語るというのか。肯定も否定も、すべてが等しく無意味だった。  加えて逃亡中の身であり、余計なことに首を突っ込んではいられないという事情もある。まして、怪盗ドラゴンとかいう最上級に面倒そうな物件ならなおさらだ。  幸いにして今夜は重要な情報を得ることができた。  クラウディア騎士隊が町に留まる理由は馬車の故障にあるらしい。しかも修理にはまだ時間がかかる。一方、キサラの病状は快復に向かっている。彼女が元気になりさえすれば、いつまでもこの町に留まり続ける理由はゼロにはない。  だからここは、おとなしく傍観者に徹するのが得策のはずだった。  ……だけど。 「――」  リヒトは口惜しそうに夜を睨み続けている。  それが、ゼロにはやるせなかった。  納得のいく反論ができない――それは彼の正義が揺れているためだろう。自分の正義に胸を張れないひっかかりがあるから、自然と言葉も弱くなる。良くも悪くも開き直っているリクに、そんなリヒトの言葉が届くはずもないのだ。  かといって、リクの正義を受け入れることが真面目な青年にできるはずもない。  社会の秩序を守ろうとする教会の正義は間違いなく正しく、それを乱す怪盗ドラゴンは悪と呼べる存在だ。正義と悪。教会の用意したわかりやすい二元論。リヒトも信じ込んでいるだろうその考え方が、知らずに彼を追い詰めているのだと、ゼロにはよくわかっていた。  ――――やがて、沈黙に耐えかねたように、リヒト・レイシアは、ゼロを見る。  すがりつくような顔だった。 「ゼロさん。彼は――間違って、いますよね?」 「……」 「彼には……彼の行いには、正義がないんですから」  正義。  ただしいこと。ゼロにとってそれは――社会秩序ではない。  正確に言うのなら、その正しさを認めた上で、より大事なものがあるのだ。――オーラント・ヴェルガ。彼のためなら社会秩序などかなぐり捨てられるゼロは、怪盗ドラゴンと同じ側に立つヒトでもあった。  だから、ゼロにとっての正義とは強い信念のことだ。  では、リヒトはどうだというのか。  なぜ、どうして、聖堂騎士団の一員である彼が、教会の信念に胸を張れないのか。 「――」  その理由にゼロは気づいている。  そしておそらく、リヒト自身は気づいていない――いや、気づかないように、目を逸らし続けているだけだということにも。  揺れる正義。  その源泉。  それは――…… 「…………では、君は、正義のために、大切な人を捨てられるのか?」 「――え……」  言われた言葉に、大きく、リヒトの鼓動が跳ね上がる。  どくん、  どくん、と鼓動を打つたびに体は熱くなり、逆に、思考は急速に冷えていく。 「――」  リヒトはゼロのことを尊敬している。先程リクを癒やした精霊術の輝きは、彼の心根を表したかのような優しい光だった。だからこそゼロに言って欲しかった。君は間違っていない。正義は君にあるんだと。  なのに――  ゼロの表情はリヒトの望んでいた答えとは違う。悲しみと、憤りと、後悔のようなものまで混じった、とても辛そうな眼差しだった。 「たとえば……君の妹が、背信行為を働いたとして……君は、彼女を罰するのか?」 「な……にを、いって……」 「君の正義は、どこにある?」 「――それ……は」  正義。  ただしいこと。リヒト・レイシアにとってそれは――……いったい、なんなのか。  それは。そう。教会の教えのはずだ。  相手を思いやること。誰かの為になること。精霊を信じ、愛し、共に平和の祈りを捧げること。そのためにも悪を許してはならない。魔の者を倒して平和を守るのは聖堂騎士団の一員として当たり前のことだった。  だけど。  ――……思い返すのは夜の森。再会したキサラは、何故か魔術師をかばうような行動をとった。それが意味する可能性。ずっと考えることを避けてきたそれが、リヒトの心に重くのしかかっていく。  すなわち。  キサラ・レイシアが、もしも魔術師たちの側についたとすれば、それは。 「……」  魔の者は世界の敵だ。  絶対に許してはならない、世界の悪だ。  もしもキサラ・レイシアが悪と成り果てていたのなら、その時、リヒト・レイシアがとるべき行動は――…………とらなくては、いけない、行動とは、なんなのか。 (僕は……)  ……心の奥底がギチリと軋む。言わなくてはいけない何か。譲れないはずの答えだけが、虚しく、叫び声を上げ続けている。 「……」  しかしその言葉は、ついにリヒトの口から発せられることはなかった。 「……変なことを聞いてしまったな。すまなかった、忘れてくれ」 「え、ええ」  ゼロは普段通りの態度で話を打ち切った。リヒトもまた、可能な限り平静を装っていく。  ……だけど、忘れられるはずもない。  気づいてしまった可能性。  キサラと自分に訪れる、あり得るかもしれない、可能性。 (くそ――)  苛立つ心に、リクの迷いのない言葉が突き刺さっていく。 (何を犠牲にしてでも、妹を守るだって――!?)  それは。  そんな事は、あたりまえのことで。 「僕だって――。…………」  つぶやく声に、力はない。  くらくらと視界は歪み、世界は明滅し――リヒトは足元が崩れていくような錯覚を覚えた。 (……僕は……)  ――見上げれば、夜空には月も星の瞬きもない。  厚い雲は晴れそうになく、加えて独特の湿った空気は、雨の到来を予感させた。      §  翌日。  リヒトはスラム街の前まで足を運び――だけど、結局、足を踏み入れる気にはなれなくて。そうして躊躇い続けたまま、日は暮れていった。  ぽつり、  ぽつり、  夜を迎え、雨が降りはじめる。  その日、リヒト・レイシアははじめて仕事を無断で休んだ。悪いことだと理解しているのに、どうしてもブラウン亭に向かう気にはなれなかったのだ。……たとえ顔を出せたとしても、とても接客できるような状態ではなかったかもしれないが。 (――ん?)  そうして、力ない足取りでホテルに帰ってくると――どうにも少し騒がしい。  リヒトとポポが借りている部屋から、何やら話し声が聞こえてくるのだ。リヒトは首を傾げながらもそっとドアを開けて――予想外の後ろ姿に足を止めた。  警察騎士だ。  パリっとしたスーツを着こなす青年と共に、警察騎士が三人ほど部屋の中にいたのだ。全員、椅子に腰掛けたポポと向かい合うように姿勢を正している。そのポポはリヒトの存在に気がつくとちょっとだけ目を合わせ、すぐに青年へと視線を戻す。青年はリヒトに気づかないまま話を続けた。 「予告状が届いたのです。町を騒がしている怪盗から、明日の夜、ディッグロウ家の宝を狙う、と――」 「な!?」  思わず声を出してしまうリヒト。  ようやっとリヒトに気がついた警察騎士が振り返る。三人共年配の男性だ。制服も豪華な意匠が施されており、一見して幹部クラスだろうと想像がついた。次いでこちらを見た青年は、不快そうに眉根を寄せている。彼はどこかで見た顔だった。 (――この町の上役?)  ドメシアの町は領主であるディッグロウ家とは別に、聖王国から派遣された役人が選挙で選ばれた議員と共に政治を行っている。権威は領主に、権力は議会に。聖王国の基本的な政治体系だった。  青年はたしかその役人のひとり……ロンドベルとか言う上役のはずだ。この町に長居が決まった際にポポから渡された町のお偉いさんリストに顔写真が載っていたのを、リヒトはうっすらと覚えていた。  大事な話の最中に割り込まれたからか、ロンドベルはリヒトへ何か言おうと口を開きかける。  だがそれに先んじ、ポポが端的にリヒトの立場を説明した。 「ボクの部下だ。同じ部屋を借りている」 「――それは失礼しました。どうぞ、お入りください」 「……失礼します」  ロンドベルと警察騎士はリヒトのために場所を開けてくれる。  聖堂騎士団の聖騎士へ、町の上役が警察幹部を引き連れて何やら大事な話をしている――なんて現場に留まるのは嫌すぎたが、リヒトは流れに逆らうことなくおずおずと入室する。途端、ロンドベルの眉がぴくりと跳ねる。どう見ても歓迎しておらず、「君のような下っ端は空気を読んで退室するべきでしょう」という心の声が聞こえてくるようだ。――事実、回れ右をするのが正しい選択だという自覚はリヒトにもあった。  なのに、胃の痛くなるような思いをしてまで留まったのは、話の内容がどうしても気になったからだ。とはいえ、まさか口を挟むわけにもいかないので、ポポたちの邪魔にならないようにリヒトは隅っこで縮こまった。 「……こほん。話を続けましょう」 「どうぞ」 「――先ほど申しました通り、怪盗から予告状が届きました。今までこのようなことはなかったのですが……予告状には先日盗まれた宝石が添付されていました。信憑性は高いでしょう。明日の夜、怪盗は再び領主様の『宝』を狙うのです。これは挑戦状であり、これ以上の狼藉を許すわけにはいきません。そこで、聖騎士様にも助力をお願いしたいのです。――怪盗を退治し、町に平穏を取り戻しましょう!」  どこか演技じみた声と身振りでロンドベルは力説する。  リヒトは彼の話を聞きながら、強く拳を握りしめた。予想した通りの内容ではあったが――その怪盗と接触を持った身としては、落ち着いて構えていられるほど冷静ではいられない。 (いったい何を考えているんだ、あの人は!)  自分へ告げただけでは飽きたらず、わざわざ警察へ予告状を出すだなんて、これじゃ捕まえてくれと言っているようなものじゃないか! (――怪盗ドラゴンを、捕まえる……?)  ふいにひとつの画が浮かぶ。リクと自分が対峙し、互いに剣を構え戦い合う絵だ。それは聖堂騎士団の一員が盗賊と戦うという当たり前の正義の構図だというのに、何故かリヒトにはとても恐ろしい物のように思えて仕方がなかった。  その光景が実現するかどうか。  それは、クラウディア特務騎士隊の隊長である少女の決断にかかっている。 (……ポポさん)  リヒトは恐る恐るポポを見た。  青い髪と瞳の少女は、いつもどおりの淡白な声で、あっさりとこの件についての答えを出す。 「――断る」 「人々が苦しんでいるのを見捨てる、と?」 「町の治安維持は君たち警察隊の役目のはずだ。ボクたちが出向くのはお門違いだろう」  ポポは視線でお偉い警察騎士を指す。  自分たちの不始末を聖堂騎士団に指摘される形になったお偉いさんたちは、平静を装いながらも苛立ちを隠しきれてはいない。警察騎士隊は王国騎士団の下部組織であり、おそらく彼等としてはロンドベルの――というかドメシアの町の――決定に不服なのだろう。ライバルに弱みを見せるなど恥ずべきことだし、まだ少女であるポポに偉そうに物を言われるのも屈辱のはずだ。 「それにボクたちは任務の途中だ。それ以外のことに関わるつもりはない」  ポポはきっぱりと言い切った。  ……リヒトは、ホッとする。  ポポの言葉は強い意志を宿しており、ちょっとやそっとでは揺るぎそうもない。怪盗ドラゴンの件でクラウディア特務騎士隊が関わることは、おそらくないだろう。 (――どうして僕は安心しているんだ)  愕然とする。怪盗に苦しめられている人たちを見捨てる行為だというのに、これじゃあまるで、それを良しとしているようではないか。……そういえば、犯行予告を誰にも話さなかったのはなぜだろう。予告状以前に、本来ならリヒトがみんなにそれを伝えなくてはいけなかったはずなのに。 「……わかりました」  ロンドベルは諦めたのか、軽くうなだれた。 「怪盗ドラゴン。――聖騎士の力さえあれば捕えることも容易でしょうに……残念です」 「待って」 (……ポポさん?)  リヒトの胸中を嫌な予感が渦巻いた。 「今、なんて言った?」 「は――?」 「怪盗の名前。もう一度」 「か、怪盗ドラゴン、ですが」 「……ドラゴン」  ぽつりとつぶやくように、ポポは言う。  そして―― 「引き受けた」 「え?」 「怪盗退治、引き受けた。ボクらがコテンパンにしてやると言ったんだ」 「ほ、本当ですか!?」  ロンドベルは嬉々としてポポの手を握る。  煩わしそうにポポはそれを振り払った。 「……ドラゴン。たかが泥棒ごときがその聖なる御名を騙るなど絶対に許せない、いや許されない。泣くまで後悔させてやる……!!」 「――っ!?」  呪詛染みたポポの声音に、リヒトは顔を青ざめさせる。  ――まさに、急転直下。  聖騎士ポポ・クラウディアの表情(かお)は、どこまでも本気(マジ)であった。  つづく 【あとがき】  第2章完結三部作、その2的な。  なんかこう、無駄にシリアスな話が続いてる感じですけどまだこんな感じです。というか文章媒体で心の揺らぎをメインにやらないで何やるんだ! ただアクションやるだけなら漫画の方がずっとわかりやすくて説得力あるじゃないか!(偏見)  あ、次回はオールキャラでアクション多めです、はい。  あと時間経ちすぎて忘れ去られてる気がするので補足。  >炎の中で助けを求める誰かの姿が(以下略  リヒトのこれ、第1章での征伐での話です。うpったのかれこれ1年以上前です。  マジで中断長過ぎたわ…