b.H.ヒストリア外伝 『Hello World』 【前回のあらすじ】  キサラ、パイを焼く。  第5話 少女と涙  誰かが言った。  貴方は世界が憎いのですか、と。  俺は答えた。  当たり前だ、と。  この世界は俺たちに居場所を与えてくれない。ただ迫害し、排斥し、排除しようとするだけだ。そんな世界の何を愛せるというのか。相手から嫌われ憎まれてもなお愛情を抱けるほど、俺は小奇麗ではない。  ……以前の俺は、無知だった。  世界の悪意に気づきもせず、ただ家族と、友達と笑って怒って喧嘩して、面白おかしく日々を過ごしていただけだ。あの頃の俺はどこまでも無知で、だから幸せだった。  ……そうだ。  あの日。ゼロと共に魔術修行に明け暮れていたあの日に、俺の世界は断絶した。  平穏な日常は、ある日突然に、奪われたのだ。  小鳥のさえずりが聞こえる。  顔を上げると――陽の光に思わず目を細め、その先を数羽の小鳥が飛び立っていく。今日もまた、苛立つくらいにいい天気だ。 「――ったく。面倒だよなぁ」  オーラント・ヴェルガは誰にともなくつぶやいた。  魔術修行のために故郷の村を出てから数日――山中での野営生活にもそれなりに慣れつつあるものの、やはり文明からは縁遠い生活はいちいち不便だ。水の確保だって、こうして渓流まで足を運ばなければならない。普段なにげなく使っている水道のありがたみをひしひしと感じる今日この頃であった。  それでも、この修行生活が楽しいのは、やはり魔術のおかげだろう。  先日十八歳を迎えたヴェルガは、村長である父より魔術の習得を命ぜられた。ヴェルガの村は代々魔術師が村長を務めている。つまり、次の村長となるための準備がはじまったというわけだ。  嬉しかった。  父を尊敬し、魔術師に憧れていた。自分もいつかそうなると、そうなりたいと強く意識して生きてきた。そのための一歩を踏み出せる。なによりも父が自分を認め、期待してくれていることが、どうしようもなく、少年の心を昂ぶらせる。 「――よし」  その昂ぶりのままに、オーラント・ヴェルガは川へと手を向ける。  ――瞳を閉じ、意識を深く深く深く――――――――何処かへと、潜らせていく。  魔術。  それは世界を侵すキセキ。  精霊と心を通わせ生じる精霊術(キセキ)とは違い、魔術師は魔界からマナを汲み上げ世界を改ざんする。魔界のマナを媒介に自らのイメージを世界に浸透させるのだ。その代償に消耗する術者のマナは練度によって異なるため、先日魔術を覚えたばかりのヴェルガは大量のマナを消耗してしまう。  マナとは人に、世界に満ちる、神秘の力――精神の力だ。  物質生命体と言われる人間であっても、マナを大量に失うということは精神に莫大な疲労を強いてしまう。はじめて魔術を使用した直後など、丸一日も爆睡してしまったくらいだ。  だが、今は違う。  あれから頑張って修行してきたのだ。簡単な魔術程度なら、もう安定して使える、はず。 「――!」  イメージするのは炎。  手のひらの先から炎を灯す。それを川の中で呑気に泳いでいる魚に叩きこむ。できあがるのは魚の丸焼き。ちょっと早めの夕食だ。 「……ヴェルク・エル・ゼルク。燃えろ、燃えろ、燃えろ……!」  熱く、  熱く、  熱く――世界を燃やすイメージを。この手に、灼熱する力を……! 「燃え……上がれえええええええ!!」  気迫とともに、掲げた手の先から炎がほとばしり――  ――ぽしゅ  ……間の抜けた音とともに、しょっぼい煙がくすぶった。 「……」  空を見上げる。  さらに小鳥が数羽、飛んでいった。 「……戻るか」  ヴェルガは水筒にたっぷり水を入れると、野営地へと足を向けた。 「なぁ、ゼロ。お前と契約すれば、もっとうまく魔術を使えるようになるのか?」 「どうした急に」  その日の、夜――  山の中腹にこしらえた野営地で火を囲みながら、ヴェルガはゼロへと問いかけた。  ゼロ――赤い髪と黄金の瞳を持つ魔族。ヴェルガの村は大昔は魔術結社だったそうだが、彼はその頃からずっと村を見守り続けている、らしい。ヴェルガにとっては兄みたいなもので、もっとも親しい友人のひとりで、そしてつい最近、新たに師匠にもなった青年だ。  そんな相手へと、ヴェルガは心の片隅でくすぶる不安を吐露する。 「いや……俺、本当に親父のようになれるのかなって、さ」 「――ふむ」  ゼロはヴェルガを見つめる。  バチッと、焚き火が大きく爆ぜた。 「――結論から言うと、断言はできない」 「……」 「魔術師には二種類いる。今のオーラントのように魔界からマナを汲み上げる魔術師と、魔族と契約し、その力を借りる交感魔術師。たしかに一般的には後者の方が強力だと言われているが――魔術の基礎ができていなければ、その限りとはいえない」 「……つまり俺はまだまだ半人前ってことかよ」  ヴェルガは唇をとがらせる。とはいえ、自分でもよぉくわかっていることなので反論はできなかった。 「筋はいい。このままならすぐにでもお父上と肩を並べられるさ」 「――」  言われて、両手のひらを見る。  自分の力。魔術師としてみんなを守っていける力を身に付けることができるのかは不安がある。だが、師にして兄、兄にして友人でもあるゼロの言葉は、少なからずヴェルガに自信を与えてくれていた。  ――と、右手人差し指の真新しい切り傷が目に入る。  ヴェルガは湧いてきた疑問を、率直にゼロへとたずねてみた。 「――なぁ、そういや魔族との契約ってどうやるんだ?」 「どう、とは?」 「俺が魔術師になるときにさ、魔界との契約ってヤツでなんか色々やったじゃん。魔法陣書いたり、指切って血を垂らしたり。お前と契約するときも、あぁいうことをやんのかなってさ」 「……特にないな」 「ないのかよ」 「ああ、ない」 「……」 「……」 「…………え、マジでなんも?」 「マジだ。当人同士の口約束で完了する。――そういうところは精霊と精霊術師の契約と似ているな」 「おいおい、ずい分といい加減なんだな」  契約というからには、もっとこう、仰々しい何かをするのかと勝手に期待していたのだが…… 「簡単でいいじゃないか。……いや、違うか。方法は簡単でも、そこに至るには相応の覚悟と信頼がいる。契約者同士に強い絆がなければ、契約は文字通りの口約束でしかないからな」 「ふーん……。……なぁ、それって、俺とゼロの間じゃどうなんだよ?」  たずねるその声には、期待と不安が見え隠れしている。  ふたりには、契約可能な絆があるのか、それとも。  ゼロは薄く笑った。 「さぁ、どうなんだろうな」 「――ちぇ」  はぐらかされ、ヴェルガはぶーたれた。  ――契約。  それは精霊と精霊術師、そして魔族と魔術師の間で結ばれる命のつながり。あるいは精神の共有。あるいは表裏一体。あるいは折り重なった運命。契約は両者に相応の利益をもたらすが、強すぎるつながりは同時に危険性をもはらんでいた。  たとえば、精霊契約の場合。  精神生命体である精霊は、契約主のマナを独占できる代わりにその心の在り方に強い影響を受けるリスクを伴う。自分の存在をまるごと相手に委ねるに足るだけの信頼や愛情があるのか――それを乗り越えた先に精霊契約は結ばれる。  それは魔術契約の場合も変わらない。  魔族は物質生命体であるため、精霊ほど大きな影響は受けないが……契約が成立するための条件はほぼ一緒なので、やはり術者との間に強い絆は必須となる。  精霊術にしろ魔術にしろ、より強い力を得るためには交感相手との信頼関係こそが第一なのだ。  故に―― 「――――……ッ!!」  深夜、突然の激痛にゼロは飛び起きた。  胸の奥が暴れるように痛い。頭の中が引き裂かれたように痛い。全身から瞬く間に汗が噴き出してくる。まるで心の一部をかじり取られたかのような大きな喪失感が、ゼロに途方もない焦燥感を抱かせた。 「…………どうしたんだ、ゼロ」  物音に、隣で寝ていたヴェルガも目を覚ます。テントの中は狭く、大人がふたりも入ればそれなりに狭苦しくなる。ヴェルガは目をこすりながらゼロの顔を見て――ただならぬ気配に一瞬で眠気は吹き飛んだのか、表情を改めると身を起こした。 「ゼロ……?」 「――これは……、まさか」  応えず、ゼロはテントを飛び出した。慌ててヴェルガも後を追う。暗い山中を走るのは危険であったが、それどころではない予感がゼロの足を休ませない。  そうして、山林は開け――ゼロは足を止めた。  追い付いてきたヴェルガもまた、立ち尽くす。  ふたりの見つめる先。山腹から見下ろすヴェルガの村は、燃えていた。赤々と、煌々と、夜の闇を灼熱に照らしている。それはただの火事などでは決してなく、まさに村ひとつの絶望への慟哭、滅びへ至る死の過程であった。 「……な、なんだよ、これ」  荒い息をつきながら、ヴェルガは力なく言う。  村で起こっている惨劇。  その正体を、魔族ゼロは知っていた。 「……聖堂騎士団」 「え……?」 「奴らの、征伐、だ……!!」  歯を食いしばり、血を吐くような思いとともにゼロは呻く。  征伐。  教会が異端と断じた対象へと行われる聖堂騎士団による武力粛清。正義と秩序の名のもとに執り行われるそれは、女子供だろうと一切の遠慮も躊躇もない殲滅戦。――つまりは、虐殺、だった。 「――」  ゼロは理解する。  あの痛みは契約が強制的に切断されたためのものだ。ゼロはオーラント・ヴェルガの父君と魔術契約を結んでいた。それが絶たれたということは――あの炎の中、彼は、逝ったのだろう。  歯がゆかった。  口惜しかった。  愛すべき仲間が、友人たちが、為す術もなく殺されていく。たとえ今から全力で羽撃(はばた)いたところで村に着くまでには時間がかかる。何もかもが手遅れだった。 「――く」  怒りと悲しみと屈辱に震えるゼロ。  その背後で――村へ駆けつけようというのだろう。ヴェルガは踵を返した。 「待てオーラント! 私たちが行ったところで――……」  引きとめようとするゼロの声は、尻すぼみに消えていく。  ……振り返ったヴェルガの顔。  その、今にも泣き出しそうな顔に――――ゼロはもはや、何も言えなかった。  結局――修行を中断し、ふたりは村へ駆けつけるべく山を降りていった。  深夜の山中。  徹底して悪い足場を無理やり組み伏せ走り続けながら、ヴェルガの思考はたったひとつの疑問に焼き付いていた。  どうして。  どうして。  どうして。  どうして――どうして、こんな事に!!  ただ平和に生きていただけなのに。  魔術師であることがそんなに悪いことなのか? その力で俺たちは誰も傷つけてはいない。なのに――魔族である、魔術師であるというだけで排除されなければならないのか?  そんな理不尽を――俺は許せない。  そんな理不尽を強いるこの世界が、憎い。  だから――  俺は、この世界が、大嫌いだ。      § 「ほらよ」 「……」  朝食(醤油味)を終えた途端にヴェルガより投げ渡された布の塊を手に取ると、キサラは眉をしかめた。グチャグチャのそれは広げてみると――おそらくは、外套であった。 「なんですか、これは」 「さっさと着ろ。ここを出るぞ」 「ここって――」 「風の都から移動すんだよ」  面倒臭そうに説明をするヴェルガに、キサラの表情はより険しさを増した。  ――キサラが誘拐されてからすでに一週間が経つ。  その間、主にゼロはキサラの監視を、ヴェルガは街の偵察を行っていたが――どうやら今後の方針が決まったらしい。風の都からの逃亡。聖堂騎士団のお膝元に潜伏を続けるには、やはり限界があるのだろう。 「……私も連れて行くのですか」 「――君は人質として役に立つからな」  すでに外套をまとい、荷物をまとめたゼロが言う。 「悪いが真っ当な暮らしはもう諦めてくれ」 「貴方がたは、まだ、聖女様のことを……」 「仲間の仇を討つことは私たちの宿願だ。彼等の尊厳を守るためにも、私たちが屈することはない」 「魔族や魔術師が、愛や友情を語るのですか!」  咄嗟について出たその言葉に、ゼロはどこか寂しそうな顔を見せる。 「……君は何か勘違いをしている。何故、私たちに愛や友情がないと思うのだ?」 「――それは……――」  魔族だから、と言いかけて、キサラは口をつぐんだ。  何かが――何かがおかしい。何がおかしいかはわからないのに、何かが間違っている。そんなわけのわからない気持ちが、キサラの声から力を奪っていく。  心の何処かが、チクリと痛んだ。 「おい」  やはり外套をまとったヴェルガが、そんなキサラへと声をなげつける。 「逃げようなんて思うなよ。――――殺すぞ」 「……ッ!」  ヴェルガとキサラは、睨み合った。  風の都は城塞都市であり、その内部はいくつかの区画に大きく分けられている。  大勢の市民が住む市民区画。  貴族たちが暮らす貴族区画。  教会直轄地であり、教会や騎士団の設備が集中する教会区画。  その他、工業区画や行政区画、商業区画などが存在し、ゼロたちが潜伏していた安宿は商業区画に含まれている。特にこの辺りは冒険者や旅人向けの施設が集まっており、人の出入りは常に激しく流動的で多くの乗合馬車も行き交っていた。  そんな中で、外套を着込んだ三人組など大して珍しいものではなく、誰に咎められることもなくゼロたちは風の都を脱出した。  まずは乗合馬車で隣町まで。乗り換えて、さらに先へ。途中宿を取り一晩明かし、さらにふたつほど街を過ぎた頃には、風の都のような喧騒とは程遠い閑静な街並みが目立っていく。  やがて、乗合馬車も通らないような辺鄙な町へと到着する。  のどかな田畑。  家畜とともに暮らす人々。  風の都で生まれ育ったキサラにとっては真新しいものばかりの、田舎の風景だった。  そこで一泊したゼロたちは、翌朝から、徒歩で人気のない道へと進んでいく。  ……空気は、重い。  ゼロもヴェルガも徐々に口数が減っていき、その表情には険しい色が見え隠れしている。  ただならぬ様子に、キサラの中を漠然とした不安がひしめいていく。  そうして辿り着いたのは、ひとつの村。  ……否。  それは、かつて村だったもの、だ。  焼け落ちた家屋。  荒れた大地に、立ち込める異臭。  ――滅ぼされた村の姿が、そこにはあった。 「…………」  キサラはその雰囲気に気圧される。それでも全身を奮い立たせ、歩いた。見てはいけない。開けてはいけない。その先にあるものを、決して、覗いてはいけない。心の奥からのそんな警鐘に、しかしキサラは従わなかった。  なぜなら、その先に――とても大事な何かがあるような気がしたから。  だから、意を決し、半壊した家屋の……開け放たれたままの扉の先を、覗きこんだ。 「――」  最初はソレがなんであるのか理解できなかった。吐き気を催すような異臭とともに、ナニカの塊が転がっている。ソレはおそらく、肉なのだろう。腐敗した肉の塊がいくつか転がっている。肉塊は布をまとっていた。まるで服のようだとキサラは思い――ソレが元は人間に近いカタチをしていたことに――――――――……無残に殺された家族の遺体だということに気がついたときに、  キサラの世界は暗転した。 「――――」  声もなく、力なくへたり込む。  嘔吐しそうになるのを必死に堪える。涙が滲み、視界が歪む。  キサラが今まで見たことがある遺体は、両親のものだけだった。  綺麗に整えられ、天に召されていった両親。  しかし、この家族は違う。  急に、唐突に、何の前触れもなく――その人生を、暴力によって終えさせられたのだ。 「ここ、は……」  かすれた声でキサラはたずねる。  気持ちを押し殺したヴェルガの声が、それに答えた。 「……俺たちの村だ」      §  ゼロとヴェルガはみんなを埋葬することもせず、怒りにまかせ風の都へと――聖女の暗殺へと突き進んだ。それが失敗し、落ち着きを取り戻し、これからどうするかということに話が及んだとき……ふたりの意見は自然に一致した。何故なら、やり残した大切なことが残っていたからだ。  それは、弔いだ。  仇討ちや復讐ではなく、無残に殺されてしまった仲間たちへと向けるべき切なる感情。村が滅ぼされたときに同時に抱き、だけど怒りを優先させたが故に置き去りになってしまった、鎮魂の心。  ふたりは旅立つ前に、村のみんなを埋葬していくことを決めたのだ。 「……」  焼け跡の中、遺体を探しだして埋めていくゼロとヴェルガ。  キサラは手伝うこともできずに、焼け残った樹木に寄りかかりながら、体育座りで額を膝に埋めている。  ――話には聞いていた。  だけど、いざそれを目の当たりにすると――現実に、耐え切れなかった。  いや、きっと、本当は信じていなかったのだ。魔術師たちの戯言だと一刀に斬り伏せかえりみることをしなかった。  聖堂騎士団が――精霊教会が、どういう組織なのか。  正義の裏側にある現実。  それを直視できるほど、キサラ・レイシアは強くはない。 「……」  殺されたのは魔術師たちだ。  そう、絶対悪であるはずの魔術師なのだ。  ――その前提が間違っていたのなら?  彼等は祖先が魔術師であったというだけの人々だ。世界を破滅させるような邪悪な行いなどしてはいない。風の都で暮らす人々と同じように、ただ日々を精一杯生きていただけの人たちだ。  なのに、魔術師というだけで異端と断じ、生きる権利さえ奪ってしまった。  そんな事が――本当に正義なのか。  本当に邪悪なのは、なんなのか。  こんな事を考えてしまう自分は、すでに魔に汚染されているのではないか。  でも――…… 「……」  わからない。  わからない。  わからない。  ……埋葬が終わる頃には、すでに日が暮れようとしていた。  真っ赤に染まった夕焼けの中、ヴェルガは村のすみに建てた小さな墓碑に花を添える。それはいくつかの石を積み上げただけの簡素な代物で、一見するとただの粗末な石柱だ。  しかし、そこに込められた想いは――キサラには痛いほど感じ取ることができた。  祈りを捧げる、ゼロとヴェルガ。  理不尽に命を奪われた魂たちが、せめて安らかに眠れるように――……そう願うふたりの姿は、どこまでも尊くて、強くて、悲しくて優しい、当たり前の人間だった。 (私は……)  キサラもまた、祈りを捧げようとして――……しかし、できなかった。  ポケットより取り出した金十字を見つめる。  彼等を虐殺した教会側の人間である自分に、そんな資格がはたしてあるのか。そもそも魔術結社の冥福を祈ることが、本当に自分にできるのか。今の自分が何をしようと、眠りいく彼等に対する冒涜にしかならないのではないか。  そんな思いにとらわれて、結局キサラは――ただ見ていることしか、できなかった。  そうして、村を後にする。  死者の供養を終え、これから彼等はどこへ向かうのだろう。彼等の想いは、どこへと向かっていくのだろう。それに対し、自分は……キサラ・レイシアは、どう向かい合わなければいけないのだろう。  ……思考が定まらない。  今までずっとキサラを支え続けていた何かが、音を立てて剥がれ落ちていくかのようだった。 「貴方たちは……」  荷物を抱えたヴェルガへと、キサラは問いかける。すがるような声だった。 「……貴方たちは、いったい、なんなのですか?」 「――魔術師だ」  突き放すような、ヴェルガの答え。  キサラは無言で、奥歯を噛み締めて――……涙が一筋、こぼれ落ちていった。      §  ヴェルガの村は山と森に囲まれた辺鄙すぎる田舎村だ。  弔いを終えたヴェルガたちは元来た街道ではなく、そんな森の中へと入っていく。獣道をしばらく行くと、適当な場所で野営の準備をはじめた。キサラにとっては生まれてはじめての野宿である。野犬に襲われたりしないのか、自然と不安を覚えてしまう。 「――大丈夫さ」  穏やかな声でゼロが言う。 「万が一そんなことがあっても、私やオーラントが魔術で追い払うだけだ」 「……」  なんて応えればいいのかわからず、キサラは無言を返すしかなかった。  野営、といっても今回はテントを使うわけではない。それだけのスペースも確保できなかったし、一応は逃亡の身であるのだからすぐに動ける方がいい。というわけで、毛布を一枚かぶるだけの簡素なものだった。  夕食は相変わらずのカップ麺だ。お湯をわかすために焚き火を起こし、そのまま暖を取りながらお腹を満たす。春とはいえ、夜はまだまだ寒かった。 「――そういや、お前、俺らが出すような食いもんはいらないんじゃなかったか?」  ふと思い出したようにヴェルガが言う。口の端がいやらしい笑みに歪んでいる。キサラも眉を吊り上げ、唇を尖らせた。 「……さすがに、もったいないから、いただくんです。捨ててしまうのでは、制作者さんたちにも申し訳ありませんし」 「へぇー」 「……なんですか、その顔は」 「なんでもないぞ」  勝ち誇ったような顔をする魔術師が、実に憎たらしい。 「――ふ、大丈夫だ、私はわかっている。君もまたカップ面の魅力にとり憑かれたと見た」 「いえ、別に」  これにはきっぱり返事を返すキサラだった。 「…………。……さて、私は水でも汲んでくる。この先の川だからそう時間はかからないだろうが――オーラント。何かあったときは頼んだぞ」 「おう」  パタパタと適当に手を振り応えるヴェルガ。  ゼロは何か言いたそうであったが――そうそう何かが起こるはずもないと思ったのか、あるいは鎮魂を終えてひとつのケジメが着いた弟子の心情を慮ったのか、それ以上は何も言わずに森の中へと分け入っていった。 「……」 「……」  キサラとヴェルガ。  聖女を継ぐはずだった少女と、復讐を誓った魔術師。  ふたりは言葉を交わすことも、互いに視線を合わせることもなく――ただ、時間だけが過ぎていく。 「…………そういやぁ、お前にはまだ言ってなかったか」  そんな沈黙を破ったのは、少年の方からだった。 「これから俺たちが向かうのは、魔術結社だ」 「――!」 「ゼロが言うには昔馴染みがいるらしい。俺の村と違い、規模は小さいが現役の魔術結社だそうだ。今後のことを詳しく詰めるまでは、とりあえずそこに身を寄せることになる」  淡々と告げるヴェルガに、キサラは――キサラの胸中は、わけのわからない感情に支配されていく。それは裏切られたような、失望したような、そんな思いを抱く自分の愚かさを嘲笑うような、ひどく、後ろ向きで汚い感情だった。  吐き捨てるようにキサラは言う。 「やはり貴方たちは、魔術師なのですね――!」  その眼差しは昏く、正しく、故にどこまでも冷酷で――……ヴェルガの表情もまた、険しさだけを増していった。 「ああ、そうだよ。魔術師だよ。――だからどうした。殺すか。あいつらのように、俺を、俺たちをよ!!」 「――!」  血を吐くような叫びに、キサラは目を見開いた。  脳裏をよぎるのは、滅びた村の光景。  殺戮。弔い。最期。祈り。――ただ見ているだけだった自分自身。自分が抱きつつある想いがなんであるのか、それすらわからず、あるいは理解しているからこそ恐怖し嫌悪し……そんな感情の昂ぶりが、再びキサラを打ちのめした。 「……、……!」  キサラは声もなく、静かに、泣く。  ――――その時、だった。 「……キサラ?」  お互いに興奮していたのか、ヴェルガもキサラも、誰かの接近に気がつくことはなく――故に、彼はあっさりとその場まで到着してしまった。  ヴェルガは、驚きと怒りをないまぜに目を見開く。  キサラは、聞き覚えのある声に――ずっと切望して、だけど、どうか何も知らずにいて欲しいと願っていた声の主へと、ゆっくりと振り返った。  そこにいたのは、ひとりの青年。  聖堂騎士団の従士服に身を包み、剣を構えた金髪碧眼の、リヒト・レイシアの姿だった。 「……お兄、様?」  いるはずのない兄の姿に、どこか呆けたようにキサラは言う。 「キサラ――!」  兄はというと、あわてて一歩踏み出して――ふいに、動きを止める。  その瞳に映るのは、捜し求めていた妹の姿。  ――長く美しかった髪は無残に切断され、辛そうな顔で泣いている、変わり果てた妹の姿だった。 「キサラ……」  つぶやくような、兄の声。  そうしてキサラは、見た。見たこともないような兄の顔を、見た。  穏やかな顔で笑いかけてくれた兄。  困ったような顔を浮かべていた兄。  力強く、自分を励ましてくれた兄。  そのどれとも似つかない――……憤怒に染まった兄の形相に、思わずキサラは息を呑む。  兄の怒りの眼差しは――もちろん、魔術師へと向けられている。  ヴェルガが立ち上がるのと、リヒトの怒号が轟くのは、ほぼ同時であった。 「――キサラアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」  夜の森に剣閃が走った。  つづく 【あとがき】  盛り上がってきたような気がしないこともない気がするかも。  次回、第一部完。