その街には、長い間巨大な竜が捕らえられていた。 この世の全てを知る賢い獣は、人に未来を示す知恵を分け与えるという。 噂に惹かれて街を訪れる者は多く、今も三人の若者が竜の予言を得んとその前に立っていた。 ひとりは混迷。生き方に悩み、教えを求めて。 ひとりは享楽。ただ戯れに、刺激を求めて。 ひとりは妄執。望みに導く、しるべを求めて。 三人はそれぞれに予言を得た。 それは、役に立つとも思えぬ短い言葉だったが、余人に話してはならぬものとして、心の深くに刻まれた。 生まれも育ちも異なる三人だったが、互いに意気投合し、旅の道連れとなった。 生真面目だが素直な青年は、世知に長けた陽気な男と、剛毅と優美を併せ持つ女剣士の二人を兄姉のように慕った。 旅が続く内、青年の女剣士への憧れは恋へと育ったが、その時既に女剣士は男と思い合う仲となっていた。 そのことを知った青年は、苦くあの予言を思い返した。 「ひとりに終わり、ひとりに始まる」 男の過去には罪があった。 その罪から逃れながらひたすらに快楽を求めて生き、それにも倦んだ頃、男は竜の噂を聞く。 興味を覚えて予言を受けたが、その言葉に男は竜を嘲笑った。 決して男が口にするはずのない、殺した少女に対し許しを請う言葉。 全知の獣と謳われた竜もこの程度、と男は愉快だった。 共連れの旅は快く、今や男の傍らには伴侶にと望む女が横たわる。 睦言混じりのまどろみの中、女の手が、男の首飾りに触れた。 それは、あの少女から奪ったものだった。 女の手が止まり、その顔が蒼白になる。 こわばった頬の上を一筋の涙が流れ、震える唇から言葉が零れた。 「わたしを許せ、アイリーシア」 女は今、憤怒、懺悔、愛慕、憎悪……無数の感情の嵐の中、思考を捨てた一本の剣となった。 追い求めた仇を屠ることだけを本能として、女は走る。 追い着き、捕らえ、その心臓を切り裂く剣の舞が、繰り返し見た夢をなぞった。 ただ罪人の面だけが、女の夢を裏切り、全てを醒めぬ悪夢に変えていた。 恋人の血潮に濡れて絶叫を繰り返す女に、一陣の風が吹き付ける。 現れた竜の爪は、女の胸を正確に刺し貫いた。 真の眠りに沈む意識の中、女は約束が果たされたことを知った。 「竜はふたたび、お前に出会う」 未明に青年が目覚めた時、全ては終わっていた。 折り重なった二人の体にはまだ温もりが残っていたが、流れた血は既に固まり始めていた。 混乱し、泣き叫びながら、青年は竜に問うた。何故、何故、何故、と。 竜は答えなかった。 いつの間にか、朝が訪れていた。 竜は、朝日を背に受けながらまだそこに佇んでいた。 泣き疲れ、思考も途切れ、枯れ木のように立つ青年を静かに見つめると、ふと己の前肢に頭を降ろし、鱗の一枚を引き抜いた。 呆然と竜を見返す青年の手のひらに落とされたそれは、虹色の石英を思わせる外見に反し、ほのかに温かかった。 一瞬の後、竜は風を蹴立てて飛び去った。 鱗に目を落とし、青年は悟った。 竜は答えを与える存在ではない。彼の本質は問いをもたらすもの、謎を生み出す獣なのだ。 竜の去った地にはもはや青年以外動くものもなく、不思議な静けさが降りていた。 凄惨な悲劇は未だ形を残していたが、それらは全て、既に終わった物語の形見にすぎない。 青年はひとり、かつての仲間たちの亡骸を葬った。 空は高く晴れ、夜明けの彩りはもう名残もない。 青年は、竜を追う者としての彼の物語が始まったことを知った。 その手には、煌く謎が固く握られていた。