「ねぇ……リタ、私、怖いよ……」 「何言ってるの。ここまできた以上、先に何があるか分かるまで、戻れないわ」 「でも……」 「安心して、エレーナ。大丈夫、私がついているわ……」            ミッシングリンク  SS世界紀行                  第一話              「フリーメイジ魔法学校」 西日が強く差し込む、魔法学校、学校棟の図書室。 魔術を志すものの登竜門とも言えるこの学校のこの場所は、本来、殆どの時間帯において 学生達によって賑わいを見せている。 今、この時間は違う。 「エレーナ、ボーっとしすぎよ」 私の隣で、先ほどから紙にペンを滑らせている少女が、いたずらっぽく私を呼ぶのが聞こえた。はっとして向き直る。 母の持っている宝石を思わせるグリーンの瞳と、母の持っているガラス細工よりも遥かに白くて透明な肌が 私を射すくめる。 彼女―――リタは、にっこりと微笑んだ。 「ねぇエレーナ、あとで一緒に勉強しない?」 火炎魔法のコントロールを掴めず、教室のカーテンを一つダメにしてしまったあの授業の休み時間。 しょげかえっていた私に、リタはこう言って誘ってくれた。 彼女はいつも、私がうまく行かない時に、声をかけ、励ましてくれる。 その度に私は、一人ぼっちにならずに済んでいる。 でも。 リタは、誰からも好かれている。男子にも、女子からも。先生からも。 リタは、活発で、議論好きで、正義感が強い。人を貶めないし、色んなグループに積極的に話しに行く。 私みたいな落ちこぼれに対してだって、リタは優しく接してくれる。 だからこそ。 私は、彼女と一緒にいる事に、引け目を感じていた。 リタの魔法石に関する講釈を聞きながら、私の目は彼女の横顔を眺めていた。 高い鼻、白い肌。おしゃれ事に興味がないのか、あれだけ綺麗なブロンドの髪を、大雑把に先で束ねている。 その全てが、私にとっては羨ましかった。 「それでね、エレーナ。こういった魔法石の性質は、例えば生き物にも――」 「あら、リタ、熱心ね。でももう図書室を閉める時間よ」 話しかけてきたのは、司書の先生だった。大きな片眼鏡の奥から、リタに慈愛の目を向けている。 「すみません、先生。でも、少し切りがつくまで、居残ってもいいですか」 「まぁ、勉強を教えてるのかしら。この子――エレーナさん、でしたっけ」 先生が私を冷たい目で見据える。私は、いたずらを叱られる子供のような気分になった。 「……まぁ、いいわ。鍵は預けておくから、早めに寄宿棟に戻るのよ」 「ありがとうございます、先生」 リタが受け答えする。 先生が去った後、リタと目が合う。いたずらが成功した時の子供のような顔をしている。 「エレーナ、さっきの魔法石の話の内容、分かった?」 「あ……う、うん。ありがとう」 「いいのよ。そのかわり、ちょっと手伝って欲しい事があるんだけど……」 「……よし。誰もいなくなってる」 声を忍ばせて、リタが言う。 学校棟、教師控室の先、西の端にある塔。その下には、この学校の秘宝が眠っている……。 そんな噂が、代々この魔法学校の生徒達の間で語り継がれてきた。 その秘宝の中身は、禁断の魔術だとも、歴代の学校長による隠し財宝だとも、はたまた封印された悪魔だとも 聞いた事がある。ただし、その伝説の多くは、最後に 〜その秘宝を持ち出したら、学校長から退学以上の処罰を申し渡される〜 との文言を含むため、深入りする生徒はいなかったようだ。 リタは、この謎に挑もうとしている。 「ミリリア・エル・クア……サーチ!」 塔の1階の広間にて、リタが魔法を唱える。その声に呼応して輝きだした光が、床のある部分に衝突して、 そこに下へと続く階段が現れた。 「やっぱり。上はダミーだったのね」 上に続く階段を眺めながらリタが言う。 先ほどの伝説を裏付けるかのように、この塔に続く道は教師控え室に塞がれていて、常に教師の監視の目がある。 今回は、生徒を寄宿棟に帰す為に先生が出払った隙を付いて、この棟に入ることが出来た。 私を含め、生徒がこの場所に近付く機会は全くなかったはずだ。 当然、リタもこの場所に来るのは初めて。そうは思えないほど、リタは、落ち着いて物事に対処していた。 階段を下りると、細く、暗い石造りの通路が伸びていた。はっきりとは見えないが、どうやら いくつもの分かれ道が存在しているようだ。 魔法で火を灯し、杖の少し上に安定させる。それでも、この迷路の全貌は明らかにはならなかった。 「……広そうだね、リタ」 私は思わず言った。 「……そうね」 リタも、少し緊張しているのだろう。のどをゴクリと鳴らし、前を見据えている。 静寂。 違う。 音が聞こえる。 等間隔に。 (私はそれを足音だと考えた。だけど同時に、それは足音じゃない、と思った。  それは私が知っている「足音」というものとはかけ離れていたから) 視界の先。ほんの少しだけ先の、右に分かれる通路。そこから、それが片足を覗かせた。 (細い。私にはそれが、何か人間の悪意を練り上げた、危険な何かであるように思えた) もう一度足音がした時、その「何か」の全身を、私とリタの目は捉えた。 「ひっ」息を呑む声が隣から聞こえる。 それは、片手に大降りの剣を持った、骸骨だった。 骸骨のその空っぽの目がこちらを見据える。と同時に、向きをこちらに変える。リタが足を一歩後ろに引くのが見えた。 その瞬間。骸骨は飛び出すようにリタを襲った。 不思議な事に剣を振りかぶらず、その手で殴りかかるように迫る。リタは身を翻そうとするが、足をもつれさせて その場で転んでしまう。 リタに覆いかぶさった骸骨の肋骨の隙間から、リタの顔が見える。 その顔は、恐怖に怯えていた。 まるで自分自身に降りかかった事のように。リタの息遣い、感情が、自分の中になだれ込むようだった。 ――助けないと。 「ガルム・アド・クシュ……」 私に何が出来るか。そんな事は、何も考えなかった。ただ目の前に、苦しんでいるリタがいる。 それだけで、全ての行動は繋がって出てきた。まるで、私が私でないかのようだった。 落ちこぼれの私なんかの魔法でも。この骸骨を焼き払う事くらいできる。 もしそれで片がつかなくても、こっちに注意を向ければ、リタが―― 「――ファイア!!!!」 私の杖から放たれた炎が、骸骨に襲い掛かる。 骸骨は向き直り、リタが自由になる。 しかしその炎は一瞬で消えてしまい、周囲に焦げた匂いを残す以外の変化を、この状況に与えなかった。 あぁ……また、だめだった…… いつもこうだ。私の魔力は同級生に比べてちっぽけで、コントロールもいい点を取った事がない。 体育だって、絵だって、身長だって、見た目だって…… 骸骨が、襲い掛かってくる。私は観念した。 「ファイア!!!」 その声と共に、目の前にいた化け物が、火だるまになった。もがいている様なそぶりは見せるが、声は発さない。 静かな異生物は、そのまま崩れ落ちるように灰になった。 その後ろから、息を荒げながらこちらを見ているのは、リタだ。 「あ……ありが」 「大丈夫だった!?」 私の言葉を遮り、リタが駆け寄って叫ぶ。ひとしきりお互いを心配しあった後、お互いの無事を確認した。 「……さて」 ほっとして私が腰を下ろしていると、リタは迷宮の奥に向き直った。 「え……リタ。何をするつもり?」 「決まってるでしょ。奥に、進まないと」 一度、命の危機に晒された少女。それでもリタは、私が思っている以上に、リタだった。 通路を進みながら、話しかける。 「ねぇ……リタ、私、怖いよ……」 「何言ってるの。ここまできた以上、先に何があるか分かるまで、戻れないわ」 「でも……」 私は足を止める。気がつけば握りあっていた手に、思わず力が入る。 リタも足を止める。そうして私の方に向き直る。 「安心して、エレーナ。大丈夫、私がついているわ……」 その言葉を、何故か私は不思議に思った。うまく言葉では言い表せないけど、リタが私を必要としてくれるように 感じていた。 「……分かった」 私も口を開く。何でだろう。今の私達なら、今の私なら、何でも乗り越えられる気がした。 そうして、私たちは、通路の奥へと進んでいった。