自由なる騎士・アルバートの憂鬱          第 4 話         〜退魔の水晶〜 豊かさにおいては世界一と称されるブルーム共和国にも、辺鄙な田舎、というのは存在する。 元々山がちなこの内陸国ゆえに、花の都「フリージア」さえも、 一つ山を越えれば、牛の鳴き声の響き渡る牧草地へと姿を変える、というわけだ。 そして、そんな遊牧地帯のさなかにそびえる、どこまで続くか分からない煉瓦塀。 今日のお客は、その中。こういうわけだ。 「この…中に、今日のお客さんがいる…わけですねぇ…」 これまた巨大な門の前に立ち、開くのを待つ俺の隣で、相棒がマヌケな声を上げる。 ライティンザ(俺は適当にライトと呼んでいるが)と名乗る、この青年。 こいつを仕事に連れ歩くのは、これが3件目になる。 「しっかし、ホント体力ねェな。たった一山越えただけじゃねぇか」 「すみません。こういう所は、輿を使っていたものですから…」 こいつはたまにこういう冗談を真顔でいう。今回のは特に笑えないほうだ。 フリージアの近くで拾ったこの青年、最初は不憫ゆえに連れまわしていたのだが、 俺は今までの仕事で、こいつの(特にこの仕事における)潜在能力に舌を巻かされ続けてきた。 と、門が開いた。さぁて、まずはご挨拶からだな―― 「と、言うわけで。我が家宝となるべき秘石、決して奪われぬようにな!」 雇い主、成金商人ポポトヌの尊大な咳払いと共に、俺達は控え室――と言うにはあまりに豪華なシロモノだが――に押し込められた。 なるほど。 この国の、金払いのいい客にはありがちな事だ。 「金を出してるんだから口も出す」と言わんばかりの態度は、仮にも先の大戦で戦功をあげ、王より直々に 褒美を賜った事もある俺としては、正直プライドを傷つけられる思いだ。 何より。 このウンザリするほどの雇われ者の量。 どうやら、俺達だけではそんなにも信用ならなかったらしい。 見る限り周りにいるこいつらは、ペーペーの素人と言っていいツラばかり。 これもまた成金の仕事の特徴と言う奴なのだろうが、今回の仕事は、仮にも屋敷と宝の警備。 どうやらお相手は、このごろ都に流行る大盗賊「レディクロウ」との事。 たいそうな美少女との噂で、こちらとしてもそのツラ拝みたいのは山々だが、 この烏合の衆では失敗も目に見える有様だ。ああ、帰りたい。 むさ苦しい控え室を出て心の空気を入れ替えようとしたちょうどその時、螺旋階段(これも成金主義の賜物だ)から ドタドタと慌しい音が響いてきた。 ひらりと舞い降りたのは、ドレス姿の少女が2人。 「あら、ご苦労様ですわ。私、その、控え室に用がありまして…」 と言った少女の姿をあらためる。金色の髪に透き通るような肌は、いかにも北方系のルーツを感じさせる。 少し服装と立ち居振る舞いのセンスを整えれば、そのまま社交界でも目を引きそうな立ち姿だ。 自分の好みとは少し違うが、あと2〜3年すれば俺の女にしてやってもいい。 少し遅れてやってきた少女は、黒肌に黒髪を三つ編みにした、いかにも田舎ものの雰囲気の少女だった。 しつらえている上物の生地のドレスが、まるで似合っていない。こっちは射程外だな。 「おや、控え室はこちらですが…」 俺が品定めしている間に、大分調子を戻してきたライトが応える。と、 「あらあら、まぁ!」 素っ頓狂な声が聞こえる。金髪の少女だ。 「私、今回ポポトヌ様がお雇いになった傭兵の方々の中に、魔術を使われる方がいると聞いてすっかり興奮していましたの!  自己紹介がまだでしたわ、私はポポトヌ様の友人の娘でして、ライタピア=ミグウェルと申しますわ、初めまして。  失礼ですがあなたがその魔術師の方でしょうか?」 一度にまくし立てる。俺の女にしてもいいと言ったが、やっぱり勘弁願う。 よく喋る女は苦手だ。間に人をまたいで会話しようとする女も苦手だ。 「いや、私は…」 「私、先日まで魔術学園にいまして、そういう物には精通しているつもりでしたけれど、まぁ!」 いつの間にか彼女(ライタピアといったか)はライトの目の前まで擦り寄っている。 「この首飾りからも、感じた事のない種類の魔力を感じますわ…それに杖も本や学園では見たことないものですわ!実物を  見るに勝るはなし、とはよく聞きますけれども、まさかこれほどとは…失礼ですが、腕飾りも…」 まずい。 「ちょっと待て嬢ちゃん。こいつは――  バシン! 遅かったか… 腕飾りへと伸ばした手を払いのけたライトの表情は、もはや直前のそれではなかった。 この怒りの表情は見覚えがある。このお守りに関するときだけ、彼は善良な聖人の顔をかなぐり捨て、 およそ子を守る親猫のような顔をする。 「あー…」 とりあえずは沈黙を破る。 「わりぃな。こいつは魔術師とかじゃなくて、ちょっといわくつきの呪術使いなんだ。  アンタに教えられることは何も無さそうだぜ」 金髪の少女は当初はあっけに取られた顔をしていたが、ライトの目付きに、やがておびえたような 顔になってしまっている。可哀想に。この様子だと、3日は引きずるだろうな。 黒髪の少女はと言うと、金髪の少女を気遣うように手をあてがいながら、その目は 友人に被害を与えた青年に対する抗議を、全霊で投げかけているように見える。 なるほど。小心そうに見えて、随分と芯の通った性格のようだ。 結局その少女達とはすぐに別れ、俺達は大盗賊さんに立ち向かうべく、持ち場に向かった、というわけだ。