ここはシルヴェール家別邸。セリン王子の手によってロリザー王国の都市部が使い物にならなくなった今、アリスさんのご厚意とセレス王女の口添えでフォセリアの侵攻を食い止める為の拠点となっていた。  華やかな川沿いに並ぶレストランやカフェテリアを普通の人が遠巻きに見ると、まるでこの場所が戦争とは無縁の場所に見えるが、僕から見ればその客の半数が武装しているので、やはり、戦争なんだと思ってしまう。  見えないものまで見えてしまう事にはもう慣れたつもりだったが、何度経験しても戦いは気分のいいものじゃない。ルチルさんがいなければ、今頃僕はこの仕事を投げ出しているだろう。 「ジェード、そこで何してるんですか?」  振り向くと、そこにはマイカが立っていた。彼女は狩猟民族アルサー族ではあるが、巫女という存在のため本当は戦わずに寿命を迎えて死ねるはずだった。 「……。……、……!」  言葉を発する事が出来ない僕は何とか身振りで伝えようとしたが、どうもマイカには伝わらなかったらしい。  マイカは僕に近付いて銃を撃ち過ぎて痛めた肩から伸びる腕を掴み、その先にある手を握って笑いかける。 ――そこで、何してるんですか?  今度は巫女の力で直接僕の心に聞いてくる。 ――え、えっと…レストランの…お客さんを見ていたんだけど。  そう僕が答えると、今度はマイカが声を出して首を傾げる。 「こんな遠くから見えるんですか?まさか脳内妄想とか白昼夢じゃないですよね」 ――それは……僕、生まれつき視力が高くて……。 「へー、そうなんですか。だから『ジュウ』って武器を使っても百発百中なんですね」  こくり。 「ところで、どうしてレストランを見ていたんですか?お腹が空いたなら行けばいいのに」  僕はゆっくりとマイカの手を僕から離す。そして、ぺこりとマイカに一礼をして、その足で肩の具合を見て貰う為に医務室に行こうとレストランとは反対の方向に向かう。 「あっ、そっちはレストランじゃないですよ。疲れて脳でも狂っちゃったんですか?」 「……!」  僕は慌ててぶんぶんと首を横に振って自分の肩に手を当てる。そして医務室の方を指差した。 「人にものを伝えるのが苦手なら私に頼っていいんですよ。変な動きばっかりしてると不審者みたいです。せっかく顔がかっこいいのにキモい人になっちゃいますよ」  そう言いながらマイカは手を差し出す。相変わらず彼女の言葉は手厳しい。僕は諦めて手を重ねた。 ――肩が痛むから医務室に……。 「ええっ、大丈夫ですか?無理してそのうち腕がもげたりしないですよね?」  マイカは僕から手を離して、両手のひらを僕の肩に向ける。 「ぼさっと突っ立ってないで下さい。ちょっと屈んでくれないと私の手が疲れちゃいます」  僕は慌ててマイカにぺこぺこと頭を下げる。 「何度も頭下げるくらいならとっとと屈んで下さい」  多少苛立った様子でマイカが言う。本当に僕は駄目な奴だ。そう思いながら素直に体を屈めた。  マイカが治癒魔法を使って僕の肩を癒し始めた。魔法の力は凄い。外傷ならばすぐに治ってくれる。それでも僕は魔法を掛けられる事があまり好きではなかった。  僕は魔法とは無縁の一族の中、奇跡的に魔法の才能を持って生まれた。だから、集落が襲撃に遭った時、一族の者は何とか僕だけでも生かそうと、命がけで僕を隠し通したのだ。  おかげで僕は生き延びる事が出来たが、その代償は僕以外の一族の死。出せなくなった僕の声など些細な事と言えるほどに大き過ぎる代償だった。  集落を出ていた者やその子孫はどこかに散らばっているのかもしれないが、人にものを訪ねる事もできない僕に彼らを探すことなんて出来ない。  いや、そもそもそこまでして助けられた命さえ、ルチルさんに会わなければ失ってしまっていただろう。  ふと顔を上げると泣きそうな顔をしたマイカと視線が合った。 「ジェード、私は頼りないですか?医務室じゃないと安心できませんか?」  ワンテンポ遅れて僕はふるふると首を振る。マイカに傷を癒してもらう度に昔の事を思い出してしまう事は事実だったが、マイカに落ち度はない。 「それなら、痛かったら私に言ってもいいんですよ。村がめちゃくちゃにされた時、ジェードは私の事を見つけてくれました。見つけてくれなかったら、せっかく皆が護ってくれた命だったのに、私死んじゃってました。だから、力になりたいんです」  僕と同じような理由で生き残り、僕と同じような理由で生きようとしている少女は、目に涙を溜めて微笑む。目を細めたせいで涙が頬を伝って地面に零れた。 「きっと、ジェードがルチルに抱いてる気持ちと同じです。だから気にしないで。ジェードも辛いのに、肩も痛いのにずっとルチルの為に『ジュウ』で戦ってきたのと同じことだから」  僕は目を閉じて下を向く。マイカの涙を見なかった事にしようとする僕は、やっぱり酷く臆病だ。  でも、マイカになら魔法を掛けられてもいいかもしれないと思った。ルチルさんも、そう思ってくれていれば、きっと僕も頑張れるから、そう思う事にした。