ナナセは常に唐突だ。 「釣りに行くよ!」  今日もまた、唐突にソーマを叩き起こし、唐突に行動を起こす。 「釣り…ですか……?」 「今日は釣りたての新鮮な川魚を外で優雅に食べたいんだ」  それ優雅なのか。  そんな疑問を抱く前にナナセはソーマの足を引っ張る。 「お弁当も準備したんだ。一緒に行こう?」 「わ、分かりましたから変な所引っ張らないで下さい……」  そう、いつもこんな感じ。既に非日常的な行動を起こすナナセと共にいる事が日常だった。  晴れた空に美しい森の中を流れる何の変哲もない清流。そのゆったりとした流れを目の前に、釣竿を持った二人が岸辺に並んで座っていた。  既に、太陽の位置が高くなりつつあるが、釣竿に反応は無い。 「うーん…釣れないな……このポイントはイケると思ったんだけど駄目だなあ」  適当に勘で選んだ釣り場に文句を言いながら釣り糸を垂らすナナセ。 「諦めずに、もう少し待ってみましょう」  ナナセに予備の釣竿を渡され一緒に釣りに興じていたソーマはナナセを慰めるように微笑みかけた。 「そうだね、優雅な昼ご飯の為に頑張らないと」  ナナセが川に視線を戻したのとほぼ同時に、ソーマが手に持っていた釣竿に手応えがあった。以前ナナセがやっていたように釣竿を強く引いてみる。水面から顔を出すはずの釣り針には、小さな魚が引っ掛かっていた。 「ソーマ、凄い!」 「はい、私でも魚が釣れるのですね!」  ソーマは何気なく釣り上げた魚を掴もうとしたが、ソーマの手は魚をすり抜け、釣り針が手に思いっきり刺さった。 「〜〜ッ!!!」  予想外の痛みに手を押さえてうずくまる。 「ちょ、ちょっと大丈夫!?」 「て、手に釣り針が……」 「今取ってあげる」  ぶちっ。  ナナセはソーマの手に刺さった釣り針を魚ごと強引に引き抜く。 「いっ……!?」 「あっ、ごめん」 「い、いえ…大丈夫ですから……」  何だか余計な所までえぐられた気がするが。 「ソーマはちょっと向こうで休んでてもいいよ。最悪釣れなくてもお弁当あるし」  ナナセは持っていたハンカチでソーマの怪我に手際良く応急処置を施しながら言う。 「本当に申し訳ありません」  普通に考えれば魚を突き抜けてしまうなんて当たり前の事だった。ナナセと一緒にいると自分が人のような気さえしてくる。もし人である事を羨ましいと思ってしまったら……それが恐ろしかった。  ふと手にぐるぐる巻きにされたハンカチを外してみる。ナナセに応急処置をしてもらった手の傷は、ナナセが手当てをする前に塞がっていた。  木陰で釣りに興じているナナセの後ろ姿を見ながらソーマはため息をつく。一体自分は何をやっているのだろう。どんどん人間の生活に馴染んでいく自分の姿を見たら、スリアはどう思うのだろう。  かつてのように神らしく過ごそうと考えても、ナナセがそれを許さない。  風を感じる事が出来ないが、景色が美しい。ナナセを遠巻きに見ながらソーマはうつらうつらとしていた。  神にとって眠る事は神の力を消費させない為の行為だと思っていた。だが、最近は純粋にそれだけの為に眠っている気がしない。人ではないのに、人のような事を考えてしまう。 「ナナセに影響され過ぎですね……私は人間ではないと言うのに……」  自嘲するようにソーマは独り呟き、目を閉じる。何か素敵な夢を見る事が出来ないかと無意識のうちに考えながら。 「ソーマ、起きて」  ソーマは聞きなれたナナセの声で目を覚ます。が、目の前は見慣れない場所。そうだ、ナナセと一緒に釣りに来ていたのだ。 「あ……寝てしまっていたのですね……」 「疲れてるの?」  ナナセは心配そうにソーマの顔を覗きこむが、決して疲れていた訳ではない。強いて言うならこの陽気に誘われて…そう考えてソーマは頭を左右に振った。これでは人間ではないか。 「あ。お腹空いてるよね。優雅な食事とは行かなかったけど、ご飯の準備できてるから一緒に食べよう」  神は空腹を感じないのだけど。そう思いながらナナセが差し出す弁当を見る。相変わらず見た目に楽しい料理が詰め込まれている。かつて、ホープを喜ばせる為に作っていた料理が、今はソーマの目の前に並べられていた。  しかし、肝心の魚は一匹だけ。どうやら魚はソーマが釣った一匹のみであったようだ。 「はい。ソーマが釣った魚なんだから、ソーマが食べていいよ」  ナナセはそう言ってソーマに焼き魚を手渡そうとする。 「ナナセが食べて下さい。私は食べなくても問題ありませんので……」 「他の人にとってはソーマは神様なのかもしれないけど、僕にとっては人と一緒だよ。だからソーマが食べていいんだよ」 「は、はい……」  半ば押し付けられるようにナナセから魚を受け取った。調理と言う形でナナセの手が加えられた魚であれば、ソーマも受け取る事が出来る。 「ほら、出来たてのうちに食べて」  言われるがままに魚を口に運ぶ。 「自分で釣った魚は美味しいでしょ?」  自信たっぷりにナナセはそう言う。人が食べれば美味しいに違いないその料理。だが、神にとって料理の美味しさは素材自体の味よりも作り手の想いが影響する。 「……ええ、美味しいですよ、とても」  だから、ソーマはいつも通り悲しい味がするその料理を、いつも通り美味しいと嘘をついた。