福とかいて出番と読む 「今日は節分です」  ででん! という効果音を背負い、金髪の少女――シルヴィアは脈絡もなく、そんなことを言った。  風の聖女シルフィードが治める風都ウェントゥス。聖王国を守護する三つの都市のひとつであるこの風の都の郊外に、白亜の城が建っている。かつてアナスタシア聖帝家の別荘として使われていたというこの城は、いつしか廃城となり、長い間誰の手が入ることもなかったのだが――ふとした事件とシガラミで、今は同じくアナスタシアの名を持つ少女のものとなっている。  バルムント・グラスマン第十八聖城――略して(?)、シルヴィア城。  その城主たる風の勇者シルヴィアは、目の前で首を傾げている少女ふたりに、指をびしりと突きつけた。 「今日は節分です」 「二度も言わなくていいから」  豪奢なソファーに深々と腰掛けカグヤは答えた。小さな身体は半ば以上ソファーに埋れている。その隣では、同じくソファーに腰掛けたシフォンが頭に「?」マークを浮かべながら首を傾げ続けていた。  黒髪の少女――シフォンはこの城の「居候」だ。彼女の正体は魔界に住む翼人と言われる魔族であり、しかも魔王シヴァの力と魂をその身に宿しているというトンデモナイ存在だ。本来なら聖堂騎士団に突き出してざっくり処分してしまうのが世の平和のためなのだろうが、色々あって現在はシルヴィア城の居候として匿われている。  シルヴィアからすれば、何とも対応に困る少女である。  なぜならシフォン自身は決して悪い娘ではなく……かといって、ルネシウスを守る勇者として魔王を継承した少女を素直に迎え入れるわけにもいかない。加えて、シルヴィアに仕えてる「はず」の聖騎士のあいつとの妙な関係が、シフォンとシルヴィアに埋められない溝を日々掘り続けているわけで。ぶっちゃけると、未だにどう付き合っていけばいいのか距離感がつかめなかったりするのだ。 「それで――そのセツブンって、なに?」  カグヤが興味深そうに身を乗り出してくる。  この銀髪の少女の名前はカグヤ。神を砕くと書いて神砕耶。一見すると人畜無害そうな小娘だが、その正体は鬼人と呼ばれる魔族たちの頂点に立つ東方の魔王、夜姫である。しかもシフォンと違って魔王としての意志も力もはっきりとしている正真正銘マジモンの魔王だ。何百年か前には大地の都ソルムを一撃で破壊したとか、嘘か真か物騒な噂も数知れない。マジモンすぎるので聖堂騎士団に突き出すことも(突き出したところで暴れられたら一巻の終り)、シルヴィアの手で倒すことも不可能な上(そもそもガチ対決したら瞬殺されて終わる。きっと)、こちらの迷惑を知ってかしらずか何かにつけてシルヴィア城で出入りしてくる。  そんなわけで、シフォンとは別の意味で対応に困る娘であった。  それはともかく―― 「節分っていうのはね、サンガイアのお祭りのひとつなのよ」 「お祭り?」  シルヴィアが指をパッチンとならす。  大扉が開き、メイド一号が大きなツボを部屋へと運んでくる。用件を終えると、お辞儀をしてメイド一号は去っていった。  三人はツボの中を覗き見る。  ぎっしりと、豆がつまっていた。 「そう。サンガイアのニッポンって所ではね、毎年二月三日に豆をまく習慣があるのよ」 「なんで?」 「豆をまいて悪霊を祓うとか何とか。詳しくは忘れたけど」 「えー。そこって大事なところなんじゃないの? 案外ヌけてるのね、シルビーは」 「シルビー言うな」  馴れ馴れしい魔王である。  シルヴィアはこほんと咳払いをする。 「というわけで、これから豆まき大会をやろうと思います」  わー、ぱふぱふ〜。  大扉の向こうから合いの手が聞こえてきた。 「……メイドも大変ね。もっといたわってあげなさいよ、シルビー」 「うるさい」  いちいち話の腰を折りに来る魔王である。 「ま、いいわ。この豆をまけばいいわけね。どこにまくの?」 「そこが大事なところなのよ」  ふふんと笑うシルヴィア。 「豆はね、鬼にぶつけて悪霊とかを祓うことになってるわけ。サンガイアじゃ鬼の面をつけた人がマト役をやったりするそうよ」 「へぇ……それで?」 「だ、か、ら」  にこりと微笑み、シルヴィアは言った。 「――――マト役お願いね、カグヤ♪」 「は……?」  瞬間だった。  シルヴィアの腕がズポっと豆ツボの中に潜り込む。引きぬかれた手の中にはぎっしりと豆が握られていた。 「くらえええええええええ!!」  全力でぶっ放す。  風のマナで強化され指向性を与えられ散弾となったそれは、シルヴィアの意志のままにマトへと――カグヤへと襲いかかった。 「いた、いたいって!」 「うははははははは!! 逃げても無駄よ、くらいなさいな!!」 「鬼! 悪魔!」 「鬼はあなたじゃない。こんな時ぐらいは役に立ちなさいよ」 「ひっどーい。お姉様、助けて。シルビーがいじめるぅ〜」 「あ、ほら、そっち行ったわよ!!」 「…………?」  未だに首を傾げているシフォン。 「いいから、それつかんでカグヤに投げつければいいのよ!」 「……こう?」  シフォンはツボをむんずと掴み上げ、何の躊躇もなくそれをぶん投げた。 「はぁ!?」  勇者と夜姫の声が綺麗にハモる。  ひゅ〜〜〜〜 ガシャーン。  当然のごとく避けられたそれは、床にぶつかり砕け散り、中の豆を大量に吐き散らかしたのであった。 「……あ、あなたねぇ」 「お姉様、さすがにそれはないと……」  半眼で睨んでくるふたり。  黒髪の少女は困ったように縮こまると、 「……だって、投げろって、言ったのに……」  そんなことをつぶやいたのだった。 「ふ――でも、これで形勢逆転ね、シルビー」 「むむ」 「もう豆はないわ。よくもこの夜姫カグヤをいたぶってくれたわね……今度はこっちの番よ。たっぷり可愛がってあげるんだから。覚悟なさい」  にんまりと邪悪な笑顔を浮かべるカグヤ。  それに対し――  にやりと、不敵な笑顔をシルヴィアは浮かべた。  腕を高く掲げ――パッチンと、高らかに指を鳴らす。  大扉が開く。  そこには――台車に乗った大きなツボが、ひとつ、ふたつ、みっつ……たくさん。 「はうあ――!!」  絶句するカグヤ。 「ふふ。アナスタシア家の財力、なめないでよね」  ひどい無駄遣いである。 「さぁ、節分の続きといきましょう。せぇーの――」 「鬼はーそとぉーーーーーーー!!!!」 「ふぎゃああああああ……」      ※ 「それで、まいた豆だけど……」 「うぅ……シルビーひどい……しくしく」 「歳の数だけ食べます」 「あら、そうなの」  コロリと態度が変わり、カグヤは笑顔になる。 「ちょうど小腹が空いてたの。鬼役を熱演したかいがあったというものね」  言うと豆を拾……おうとして、固まる。 「シルビーさ」 「なに?」 「これ……ばっちくない?」  床に散乱している前を指差し、しかめっ面で東方の魔王は言う。 「…………」  聖王国に靴をぬぐ文化はない。  もちろん、さっきも土足で駆け回りながら豆を投げまくっていた。 「…………」  よくみると靴につぶされ、粉々になっている豆もちらりほらり…… 「…………」 「ね?」  同意を求めるように夜姫は言う。 「……そ、」 「そ?」 「そういう……ものなのよ……」 「ええー」 「そんな顔してもダメ。これ食べ終わらないと、節分終わらないんだから」 「シルビーって頭固いわよね」 「い、いいの!」 「まぁ、いいけどね」  肩をすくめると、カグヤは豆を拾うとパクリと食べる。  しばらく黙々と咀嚼していたカグヤであったが―― 「うーん……微妙」  ちょっと残念そうな顔をした。 「豆なんてそんなものよ。ええと、私は十四歳だから十四粒……っと」 「それでお腹ふくれる?」 「お腹ふくらますものでもないと思うけど」  というか、豆でお腹いっぱいはちょっと嫌だ。 「……そういえば、あなたって何歳なの?」 「まぁ! レディに年齢を聞くなんて最低ね、シルビー」  一方――  シフォンは、しばらくじーっと床の豆を眺めていたが……意を決したのか、  ひょいぱく。 「…………」  こくり、と頷く。  そして―― 「ちょ、あなた何やってるのよ!?」  異変に気づいたシルヴィアが目を白黒させる。  メイド一号が運んできた、豆ツボ。  その手付かずのツボの中に手を突っ込むと、シフォンはもぎゅもぎゅとすごい勢いで豆を食べていた。 「……もぐもぐ」 「あ、あなたねえ……豆は歳の数だけ食べるって言ったでしょう?」 「もぐ……私の中の……むぐ……シヴァが、もぐ……もっと寄こせと、ささやきかけてくる……もぐもぐ」 「嘘つけ」 「お姉様……いつからそんなキャラに……」  よよよ、と泣き崩れるカグヤ。  そんなことはおかまいなしに、もぎゅもぎゅと豆を食べ続けるシフォン。  ついにはツボを持ち上げると口の中に流しこむようにして食べはじめる。否、もはや食べているなんて生やさしいものではない。これは例えるなら、そう――、一気飲み、いや一気食いだ。  そんな黒髪の少女の奇行を呆れた顔で眺めながら、シルヴィアは言った。 「…………太るわよ」  ピタリと。  シフォンの動きが止まる。  しかしそれも一瞬のこと。  すぐさま、もぎゅもぎゅと再び豆をいただきはじめるのであった。      ※  シルヴィア城の庭の片隅で、陽月つかさはひとりもくもくと豆を食べている。  メイド二号より支給された、小さなお皿にのった豆が数粒だ。 「せめて……年齢分はほしかったな……」  一粒、食べる。  城の中からは、少女たちの騒ぎ声が聞こえてくる。  一粒、食べる。 「鬼役ってさ……普通、こういう場合って男がやらねぇ?」  一粒、食べる。  答える人は、もちろんいない。 「…………ふ」  小さく笑う。 (みんな仲がいいのは、いいことだよな、うん)  一粒、食べる。  風が冷たい。  冬は……寒い。  一粒、食べる…… 「……福、こないかなぁ……」  ルネシウスで食べる豆の味は、ちょっとだけ、しょっぱかった。 【あとがき】  後半力尽きた\(^o^)/  それはそうと、現代組書いたのすごく久しぶりな気がする…  いやさー節分ネタで絵を描こうと思ってたんだけどさー  なんかやる気でなくてさー  ダラダラしてたら終わっちゃったんよ。  で、もういっかーって思ってたらさー  四日になってさーなんかネタ思いついちゃってさー  その結果がこれだよ><  ちなみにシフォンが豆を美味しく感じたのは節分が楽しかったから。  主人公? だっけ? みたいにひとり寂しく食べるはめになったらもぎゅもぎゅしてないのれす。  あと時系列的には最初に書いた短編より前の時期。  つかさ的には高二の冬。  最初の短編は高三の夏。  うーん、矛盾してるところもあるし時系列整理しないとなぁ…  以上、あとがき終わり。  ろだ5555突破おめでとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!